・高藤さまの父君は夜もすがら、
ご心配になっておられたこととて、
きついお叱りでございました。
今よりのちは、気ままに鷹狩に出かけてはならぬ、
と制せられて、高藤さまの遠出もかないませなんだ。
当夜、同行した舎人の馬飼いもいとまをとって田舎へ下り、
あの少女の家を知る供の者はなく、
恋しく思われながらたよりをするすべもなく、
心にかかって思い悩んでおられるだけ・・・
そのうち、父君ははかなくなられ、
伯父君のもとへ高藤さまは身を寄せられました。
この高藤さまは姿かたちも美しい貴公子で、
心ばえも立派な若者でしたから、
伯父君たちも心をこめてお世話なさいました。
が、高藤さまは、あの時契った少女が恋しく、
結婚ばなしにはお耳を傾けられません。
そうやって六年ばかりも過ぎたのでございます。
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・そのうち、かの日、
供をした舎人が田舎から上ってきたと聞かれて、
早速呼び寄せられ、
「ひととせ、鷹狩の帰りに雨宿りした家をおぼえているか」
とおたずねになりますと、
「おぼえております」
との返事。
高藤さまはどんなに嬉しく思われましたことか。
すぐその日、鷹狩のふれをして供を連れ、
阿弥陀の峰越えにおいでになりました。
日の没するころでした。
二月の二十日あまりのころなれば、
家の前の梅の花が散って遣水に流れ、
うぐいすがあわれに鳴きます。
この前の時のように、
馬に乗ったまま門内に入って行かれますと、
主の男は思いがけなさと嬉しさにおろおろと出てまいります。
「あの人は、あの時のあの人はいますか」
と高藤さまがかつての部屋に入られますと、
几帳のそばにかの少女はおりました。
いえ、もう少女ではありませなんだ。
大人びて別人のように匂やかな輝くばかりの美女でした。
しかもそのそばに、
えもいえぬ愛らしい五つ六つほどの女の子がいるではありませんか。
「これは誰?」
と仰せられると、女はうつぶして泣くばかり。
あるじの男親が代わりに、
「殿がおわしましたあとで懐妊いたしまして、
産んだ子でございます」
と申すではございませんか。
高藤さまは思いがけぬことで、
形見の太刀を見つつ、
(なんという、深い契りの仲だったろう)
と嬉しくもあわれに思われたのでございます。
この女の子は、ご自分の姿、顔立ちにつゆたがわず、
その夜はそこにとどまられて泣きみ、笑いみ、
思い出話に花を咲かせられたのでございまし。た
そのあるじの男は、その郡(こおり)の長官で、
宮道弥益(みやぢのいやます)という者でございました。
身分は低うございましたが、
その娘とこうなったのも前世の縁深きしるし、
と高藤さまはその娘をお邸に迎えられ、
若き日の約束にたがわず、生涯、他の女人に目もくれず、
仲良く末まで添いとげられ、
男の御子お二人もお出来になったのでございます。
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・高藤さまはご出世なされ、
大納言にのぼられました。
弥益の娘との間にお出来になった姫君は、
宇多天皇の女御に上がられ、敦仁親王をお産みになりました。
その方が、のちの醍醐天皇でございますよ。
雨宿りのめぐりあいの少女は、
帝のおばあちゃまになったのでございます。
それによって高藤さまは内大臣にのぼられ、
弥益も出世して四位の位をいただき、
修理の大夫となりました。
かの弥益の家はお寺となって、
いまにある勧修寺がこれでございますよ。
醍醐の帝は、おん母方の故地をなつかしくも慕わしく、
思し召されたのでございましょうねえ。
ご陵は、弥益の家の近くに、
とみことのりされてお崩れになったと申します。
雨宿りのはかない契りが、
こんなにめでたい結果になるとは、
わからないものでございますねえ・・・
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・おお、やっと雨もあがりました。
は?縁起のよい話を聞かせてもろうた礼心に、
この小袖を賜りますと?
まあ、ありがとうございます。
白湯ぐらいで、何のおもてなしもできませなんだのに・・・
遠慮のういただきまする。
は?話しぶりが巧みすぎると仰せられますか。
雨宿りの人がくるたびに、この話をしては、そこばくの礼物を得て、
たつきの足しにしているのであろう、といわれますか?
まあ、お口のわるい・・・ふ、ふ、ふ。
西の京の空に虹がかかった。
人々は水たまりを飛びこえつつ、遠ざかってゆく。
巻二十二(七)
(了)