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・スペインの首都、マドリッドは、
からっとした町である。
湿気というものが全くない。
空気も澄み、土もぱさつき、舗道は乾いて、
かんかんと音を立てそう。
このカラッとした感じ、というのも、
カラッの「ラ」を思い切って捲舌にしないといけない。
スペインへ来ていちばんびっくりしたのは、
すごい捲舌である。
ル・・・ラッという感じ、
平面的な舌の使い方をしている日本人は、
この挑戦的な捲舌に、まず度肝を抜かれてひるんでしまう。
私たちのホテルは今度の旅行で最高級の「ホテル・リッツ」。
スペインのホテルはヨーロッパの他の国と比べて安いので、
ようやく、マドリッドまで来てリッツに泊れたというところ。
しかしタクシーの運転手に、
「ホテル・リッツ」といったのでは通じないのである。
運転手はさんざん首をひねった結果、やっと、
「おお、ホテル、瓜ッツ!」といった。
瓜のリにアクセントがあるのはいうまでもない。
ホテル・瓜ッツはちょうどプラド美術館の真向かいにある。
格式の高いところで、食堂にはネクタイがないと入れない。
ヴェニスの裏町で買った、
ゴンドラ漕ぎのおじさんがかぶる皮帽子などを頂き、
セーターにコロンボ刑事のレインコートをひっかけてるといった、
カモカのおっちゃんなどの風体では、
背の高い給仕に、「ノー!」と、
木戸をつかれるのである。
そういうのが好きな人もあるのだろうなあ。
その代わり、
お金があってネクタイさえしていれば、
マフィアでも山口組組長でも、
泊める仕組みになっているのかもしれない。
しかし私は、こんな上流ごっこも好きである。
みんな「ごっこ」なのだから。
楽しく「ごっこ」をすればよい。
マドリッドのあとで泊ったバルセロナも、
「瓜ッツ」ホテルであった。
ここでは絵に描いたような太っちょのおじさんの、
ホテルマンがいた。
後ろで手をくんで悠々と廊下を歩き、
エレベーターを動かした。
「マダーム」
とうやうやしくお辞儀をし、
まっ先に私をエレベーターに乗せてくれた。
古めかしい美しいホテルで、
古風などっしりしたエレベーター、
絵のごとき給仕のおじさんに、
堂々と向き合って遜色ない日本人というのは、
むしろ明治の日本人ではないのかしら。
べつに、この間、テレビドラマの「獅子のごとく」を、
見たからというわけではないけれど。
たとえば与謝野晶子は、
パリに着くなり、
1912年のヨーロッパのモードに従い、
大きい婦人帽を買いこんでいる。
<巴里に着いた三日月に
大きい真っ赤な芍薬を
帽の飾りに附けました。
こんな事して身の末が
どうなるやらと言ひながら>
彼女はむろんそれまで、
着物しか着たことのない、
明治の日本女である。
それがヨーロッパへ渡り、
コルセットを締め、
<テアトル・フランセエエの二階目の、
紅いビロウドを張りつめた
ロオジュの中に唯だ二人
君と並べば、いそいそと
跳る心のおもしろや。
もう幕開きの鈴が鳴る>
という楽しみを経験し、
<アウギュスト・ロダンは
この帽の下に
我手に口づけ
ラパン・アジルに集る
新しき詩人と画家の群は
この帽を被たる我を
中央に据ゑて歌ひき>
ときに晶子は、
着物を着て帽子をかむり、
練り歩いたらしい。
いやもう、とてものことに、
こういう堂々たる明治人間にはかなわない。
私ごとき吹けば飛ぶような昭和女は、
王宮の侍従長のような、
ホテル・瓜ッツの爺さんに、
「マダーム」とうやうやしくお辞儀をされると、
どんな顔をしていいかわからなくて、
表情がゆがむのである。
やはりここは気品ある微笑を賜る、
というところであろうけれど、
浪花女は愛嬌は習うが、
下々に与える一べつとかほほえみは習わない。
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