むかし・あけぼの

田辺聖子さん訳の、
「むかし・あけぼの」
~小説枕草子~
(1986年初版)角川文庫

14、わがアメリカ ②

2022年08月12日 08時54分32秒 | 田辺聖子・エッセー集










・アメリカでいい思い出ばかりではなかったのに、
なぜアメリカのほうに好感度を持つのか考えてみると、
気分が解放されるのをおぼえたのは、
ヨーロッパよりはるかにアメリカのほうが強かったからだ。

パリの名の通ったレストランへ行って、
これは私のひがみかもしれないが、
「予約したはず」「いや受けていない」と、
私たちとボーイが押し問答しているのを、
客のフランス人男女が尻目に見ているその酷薄な表情、
というのは、これはヨーロッパでしかお目にかかれない。

日本だって、
東南アジアの旅行客にはそういう応対をして、
旅行客にせつない思いをさせるというのを、
どこかで読んだけれど、
ヨーロッパの東洋人に対する差別意識というのは、
何となく肌をチクチク刺す気味がある。

いまどきの若い人はそれをものともせず、
いちはやく溶け込むようだけど、
われわれ中年はそれをトゲのように感ずる。

現在の時点で、
ヨーロッパがどう変貌しているのかわからないが、
そんなに意識が根本的にクラッとひっくり返るとは思えない。

何泊かパリにいるあいだ、私はふと、

(こっちの人は日本文化を知ろうともしないし、
アホにしとるのとちゃうかしらん?)

というひがみ根性に悩まされた。

それはヨーロッパ人の、
東洋人に対する全般的感情のように思われるが、
しかし中国はちょっと違う目で見られている気がする。

パリ人、これもフランス人というよりパリ人であるが、
中国は不気味でもあり、
「何をするやわからん」という畏れもあり、
五千年の文化伝統というものに対しても、
敬意といわぬまでも、一応の心用意をしている。

しかし日本はというと、
これはもう歯牙にもかけぬという、
まあ、これは私の全く個人的感懐なので、
べつに理論的根拠はないのだが、
そんなことを考えさせられる。

個人的には私はフランソワーズ・サガンの愛読者だったり、
ジェラール・フィリップやジャン・ギャバンや、
アラン・ドロンが好きだったり、
フランス料理やフランス映画が好き、
なんてことはあるが、
フランスのそれもパリというせまいのぞき穴を通して得た、
ヨーロッパの感触は、心地よくないものだった。

ところが人種差別に悩む国といわれる、
アメリカへ行って私は気分が解放され、
昂揚感にみたされた。

サンフランシスコは日本人が多かったが、
そのせいばかりでなく、
ニューヨークでものびのびした、
歴史の厚みに圧倒されるということがないのは、
こんなにのびのびするものかと思った。

ニューヨークで食べ物がおいしいと思ったことは、
あまりなかった。

おいしかったのは皮肉にも、
人に連れて行ってもらったイタリア料理であり、
日本食の店だった。

だから料理に釣られたというのでもない。

観光客は多く、
ニューヨークやロサンゼルスあたりでは、
農協の団体さんというような感じの旅行客を多く見た。

アメリカは広いので、
地方の人々が大都市見物に来るようだった。






          


(次回へ)

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