「姥ざかり」

田辺聖子著
昭和56年新潮社刊より

8、キライな人とつきあう法

2022年02月22日 09時18分40秒 | 田辺聖子・エッセー集










・我々が幸福になるためには、
いつも好きな人に取りまかれていたい。

自分の好きな人に自分も好かれるということになれば、
人生で最高の幸福ではないかと思う。

その幸せを手に入れることが出来れば、
物質の充足などは下らぬことだ。

どっちを向いても好きな人ばかり、
しかもその人たちも自分が好きで自分に会うのを喜んでくれる、
そんな人生こそ、この世の楽園であろう。

ところが、我々にとっては、
好きな人もいればキライな人もある、
というのが普通の人生である。

ところで、そのキライな人とのつき合い方なのだが、
どうかしてつき合わないで済む方法はないだろうか。

「絶交する」と言えない立場や、しがらみを持つ人間としては、
キライ、と思わなければよいのであるが、
これはたいそう難しい。

大抵の女は、身のまわりにたくさんの係累をからませている。
男だってそうだが、女は男の倍の力でその圧迫を感じている。

職場と家庭は違うから、
男の生きる場と女の生きる場は根本的に違う。

家庭はプロではなく「内々」のプライベートの場で、
それだからこそ、人生ぐるみの場である。

そういうところへ、
自分と世界の違う異分子が入りこんだ苦痛というのは堪えられない。
工夫や努力で済む世界と違う。

忍耐やアイディアで何とかなる世界は男の世界。
顔がひきつるほど笑って頭を下げても、
それはプロというゲーム、
仕事だから出来る。

女が家庭に入って主婦というプロになるという発想は、
「女は家にいるべし」派の男の常套文句であるが、
主婦がプロであるはずがない。

熟練や未熟の差はあっても、プロではない。

男にとっての仕事は、その人生のいくらかの割合を占めるが、
女にとっての家庭はそれ自体人生である。

そこでキライな人に向き合う時の圧迫感は男よりずっと強い。
男にそれがわかるかどうか、たまに妻の身内と暮らしている男性に、
その辺の機微を察することが出来る人がいるかもしれないが・・・

夫は愛しているが、どうしても好きになれない夫の父母、弟妹、身内、
その答えは私もわからない。


~~~


・私の知人の一人は、ついに胃に孔があいて離婚してしまった。
夫の両親と弟との五人暮らしの人だった。

また一人は、苦労のあげく性格が変わってしまった。
あらゆる精気を失って、どこか上の空みたいな女になってしまった。

「修養が出来て、おだやかな人柄の奥さんにならはった」とほめたので、
私は腹が立ち、彼女をいたましく思ったのを覚えている。

彼女はあまりの心労に圧しつぶされ、
エネルギーを充電する装置を壊されてしまったのである。

仕事の世界と家庭生活の次元は違う。
男の努力と女の努力は違う。

女が工夫努力忍耐しても、
それが実らないことがあるのが家庭なのだ。

男は工夫努力忍耐すれば、何らかの見返りがある。
注文がもらえるとか、儲け口があるとか、
とにかく形になって出てくるものがある。

離婚した女の人が、
「家では掃除をしても、お茶を出しても、
誰一人礼を言ってくれなかった。
でも会社勤めしたら、机を拭く、床を掃くということだけで、
とても喜んでもらえる」
と言ったりする。

女がキライな人と家庭で暮らさないといけないのは、
とても悲しいことである。

愛する者だけを側におきたいと願うのは当然であるが、
しかし、現実には、キライな人と好きな人はワンセットになって、
神サンから贈られる。

男は勤務が済んだらキライな奴の顔は見なくてよいが、
女は人生とワンセットになっている。

その苦痛から逃れようとすれば、
キライな人をキライと思わなくて済むようになればいい。

しかし、私が考えるのは、
どうしても好きになれない同居者と他人感覚で、
つき合った方がいいと思う。

相性というのはよくなりようがないのであって、
それなりに「他人への好奇心」は生まれてくると思う。

(へえ~~っ!そういう発想をするのか・・・)
という好奇心が生まれれば、
(なぜそう思うのだろう?)という疑問を感じる。

自分の知らないことを知っているに違いない、
という想像も生まれる。

キライな同居人の出身地、幼児期の思い出、過去の失敗・・・
それらを知るうちに、いい部分に触れたりする。

自分の身内にも、いやな奴はいるかもしれない。
(他人や、他人や)とつぶやいていればよい。

どんなにしても、キライな人はキライ、
という世の中、その時のために、楽しく生きる術を書いてみた。






          


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