・経房の君は、
私の短編「有明」を、
盗み見して筆写させられ、
「あの男や女、
どうなるんです」
「どうもなりはしませんわ
わたくしは物語をつくる気は、
なかったんですもの」
「ははあ、
あれだけですか」
「はい、あれだけ」
「それも面白いな」
経房の君は、
はたと手を打たれて、
「そりゃあいい、
人生の一瞬の情景、
あっという間に忘れる、
この世のさまざまな角度に、
光を当てすばやく捉えた情趣、
そんなものを、
あなたは書ける人だ」
「そんな大層なものじゃ、
ありませんの、
ちょっとした思いつき」
「それが宝物のように、
光り輝くのですよ、
さまざまな宝物を、
いくつも見せて下さい」
「物語には、
仕立てられませんけれど」
「いや、
それは物語の素ですよ
読んだ人がそこから、
自分なりの物語を紡ぐんです」
経房の君は、
それからそれへと、
いい続けられて、
私は結局ああした「瞬景」を、
書くことを約束させられてしまう
この経房の君は、
私のために、
加持祈祷の僧を寄こしてくれた
棟世の親身な見舞いといい、
男たちのこういう援助は、
嬉しかった
そうだ、
これも草子の「たのもしきもの」
の中に書き入れよう
たのもしきもの、といえば、
かの則光は、
私がすっかり平癒したころ、
そしてそれからさらに、
ひと月もたったころ、
やっと手紙だけ寄こした
手紙だけ、というのは、
せっかく田舎から寄こす便りに、
田舎の産物や名産品の、
何も付属していない、
というのがしゃくなのである
どうして、
こう気が利かないのかしら?
田舎から都へよこす便りに、
何もおみやげがないなんて、
あまりにも愛想がなさすぎる
都から田舎へやる手紙は、
土産がないのは当り前、
だって都のものは、
何でも高値なんだから
それに都からの便りには、
都の情報をたくさん、
盛っているはず
田舎に暮らす者にとって、
それこそ万金の土産よりも、
望ましいものであるはず
しかし田舎からの便りに、
食べものであれ、
衣料、動物であれ、
何かが添えられていないのは、
あまりにも興ざめというもの
また礼儀知らずというもの
則光は社交のいろはも、
知らない男だから、
その辺の配慮もないみたい
彼に手紙をやったことなど、
私はないけれど
則光の使者はほんとに、
手紙だけ抛り込んで、
「お返事あるなら、
すぐ頂きます」
などという
主人も主人なら、
従者も情緒のはしくれもない
手紙には、
「どうしている
都はもがさが流行って、
いるそうだが大丈夫か
お前は、はしっこそうで、
間抜けたところがあるから、
用心しなくちゃいけない
薬もちゃんと飲んでいるか
お前は頓智があるとか、
そこばくのものが書けるとか、
いう点では人よりすぐれていて、
それを自慢にしているだろう、
けれどある点では無神経で、
大ざっぱでどこかタカをくくる、
ところがある
妄言多謝、
とにかく気をつけて元気でいてくれ
こちらは忙しいばかり
だが海のように広い湖もあり、
美しい自然がある
俺は馬を駈って狩りや釣りをする、
ことも出来る
都より美味いものも食える
太って日に焼けたよ
田舎はいい
お前は乞食をしたって、
都がいいというだろう
俺は日一日、
田舎がよくなってくる
田舎の人間は相応にうそもつき、
ずるくもあるが、
都の人間より反応が正直で、
つきあいやすい
ではまたな
達者でいてくれ」
なんでこれに加えて、
麻布の一反二反でも、
よこさないのか、
気の利かぬ男である
それに則光が、
私のいないところで安住して、
田舎はいい、などと、
ほざいているのも面白くない
私は則光の手紙を、
破り捨てた
昔、
則光がいることが、
私にとっての安心感の、
根拠だったのに、
その則光はいまは私を、
不安がらせ、
不興がらせ、
混乱させている
そうして私は、
私を受け入れてくれる都のことを、
強いて考えようとした
定子中宮や、
経房の君やら・・・
行成の君、斉信卿、
そういう人の中で、
私の存在が認められ、
讃美されるとすれば、
才しかなかった
私は則光の手紙にある
どこか都びとを、
憫笑する口ぶりに腹を立てた
そういう手合いに、
打ち勝つには、
「春はあけぼの草子」の完成、
ということもあった
物語を仕立てるには、
筋やら性格やらと、
面倒であるが、
瞬景描写なら私はいくらでも、
書ける
いや筋がないだけに、
瞬景の中の人物は、
かえっていきいきと動く
「病は」
私は書く
赤もがさなどというものは、
実にもう、美的ではなかった
赤いブツブツが全身に、
発生して熱が出て・・・
それに比べると、
美しくて情緒のあるものは、
病の中では、
「胸痛」である
胸から下の病は、
症状も上品ではない
男もそうだが、
女が袖を胸の前でかき合わせ、
苦しんでいるのなど、
優美でよい
「もののけ」
これも霊がとりつく恐怖より、
ひたすらしくしく泣いて、
ふさいでいる、
その情緒が美しい女に、
ふさわしい
(次回へ)