
・婆さんたちはもっちりもっちりと、
皺みた頬を動かして食べ続け、
そのうち九十一歳になる婆さんが、
ひょろりと立ち上がって踊り出した。
「危ないがな」
といって脇から支える嫁も、
七十近い婆さんである。
外は芭蕉の葉ごしに、降るような星空。
家の縁が低いので、外も内も区別がつかない感じ。
村の人々はとっかえひっかえ来て席に坐り、
島唄をうたった。
焼酎の匂いや落花生の匂いがぷんぷんする。
私は酔ったので、
庭のハイビスカスの生垣に立っていると、
関口君が用を足しにやってきた。
彼もかなりデキていた。
「奄美というのは、けったいな所ですなあ」という。
この青年はズケズケいいであるが率直なのである。
「いやぁ、あの人々は宴会するのも真剣ですなあ」
太鼓はドンドン、
鳩笛がピューピュー鳴り交わし、
ピンシャンと三線がひびく。
と、リズミカルな手拍子がピタッと一致し、
この島の人たちは、
天賦の音楽的才能があると思わせられる。
「歌、録音するの忘れた、しまった!」と関口君はいい、
「商売商売」と立ち上がる。
「もういいわよ・・・
こんなん取材でけへん。
一生に一ぺんか二へんという晩ですよ、
ゆっくり楽しまなければ」
と私がいうと、彼は笑った。
それは関口君が、私の言葉を、
ごく単純に捉えていることがわかった。
おそらく若い彼は、
こんな晩はいくらもまだ生涯にあると、
思っているからだろう。
その証拠に、
「例の、きれいな隣の娘さんはいましたか」
と聞いた。
私は、浴衣姿の若い娘さんを台所で見た気がしたので、
そういうと、彼は大喜びで家に入った。
私も席に戻ることにした。
関口君はつかまって歌をうたえと責められている。
彼は立ち上って、ロシア民謡を歌った。
わりにいい声である。
「ひどいなあ」
関口君は何度もそうつぶやいた。
黒糖焼酎は口あたりがいいので、
いくらでも飲めて清酒のような二日酔いはない。
関口君は何度も立って歌わされ、
ケサマツ伯父は、
「こんな遠い果ての村へ、よく来た、よく来た」
と際限もなく盃を満たす。
「ひどいなあ」と関口君がいうのは、
八方からつがれて、堪忍してもらえないからである。
台所へいってみると、
やっぱり、隣の美しい娘さんが来ていた。
彼女は焼酎の支度に忙しそうだった。
この子も一族の末である。
都会でも目をひくような美人である。
「どうもお世話さま」というと、
「いいえ。
・・・叔母さんが楽しみにして、楽しみにして・・・
ほんとにうれしそう」と笑った。
田舎育ちの娘はみな、やさしくて素直である。
この子は、両親が出稼ぎに出ているあいだ、
弟妹の面倒を親代わりに見ている。
叔母さんは今、夢中で太鼓を叩き、
島唄の「くるだんど」を歌っていた。
♪花ぬ咲ちゅり 三京山 さくなん
昔ら見ちんにゃん 花ぬ咲ちゅり
なおそ なおそ あけてぬ二三月
吾きゃ家ぬ庭から うれなおさ♪
花が咲いている、
三京山の谷に美しい花が咲いている。
あけての二、三月、わが家の庭に移し植えよう、
という意味だそうである。
とても微妙なふしまわしでおぼえられない。
「よしッ、こうなったらもう、とことんやるぞォ」
関口君は歌いながらワイシャツを脱いだ。
それから叔母の日本手ぬぐいを頭に巻いた。
それから立ち上がって踊り出した。
大工の踊りは、奄美特有の手踊りである。
関口君の歌の合間に、婦人達は、口々に、
関口青年がいい子で、率直でかざりけなく、
かわいらしいということを言い合った。
関口君の歌が終ると、
若い男が、朗々と、「えらぶ百合ぬ花」を歌いだした。
この歌はリズムが快くて、聞いたら最後、
ついて歌わずにはいられない。
踊っていた大工が、「踊らんば!」
すると人々はまた、ほかの人々に、「踊らんば!」
と声をかけた。
人々は低い縁から下へ下り、
そのまま庭から海辺の砂浜へ出て、踊りはじめた。
手首から先を微妙に動かして、
彼らは腰で拍子をとる。
おっとりしていて、リズムにのった踊り方である。
それは「くるだんど」のような、
のびやかな歌に、とてもよくあう。
ふと見ると、関口君は、
あの美しい娘さんと向き合って、
けんめいに手踊りをおぼえようとしていた。
海から月が昇った。



(次回へ)