むかし・あけぼの

田辺聖子さん訳の、
「むかし・あけぼの」
~小説枕草子~
(1986年初版)角川文庫

10、山抜けて山河あり ⑥

2022年12月25日 08時35分26秒 | 「浜辺先生町を行く」  田辺聖子作










・山崎の店へは、
始終電話をかけ、様子を聞いていたが、二週間目ぐらいで、
どうやら道がついたということだった。

土のうを積んで急ごしらえの道で、
危険な個所はロープを張って歩けないようにしてある、
という。

「道がついたらしいよ、行ってみようよ」

と私は、夫にいった。

「やかましい。
女が男に指図するか!」

と夫は耳にも入れない。私はいった。

「プレハブの家へ一戸ずつ移った、っていうから、
もうお見舞いのもん持っていっても、
おちついて話もできるよ」

「いかん。
まだ移りたてで、ゴタゴタしてるはずや。
そういう時にいくと疲れる。
何しろ前代未聞の災害やからみな殺気立ってる。
もっとおちついてじっくりして、
笑い声の一つも出るようになってから、行くもんや。
友人いうもんは、そうベタベタするもんやない」

とそっくり返っていう。

私は、いい気でいる夫が憎らしくなってきた。

声も嗄れてしまった、という秋月さんやおくさんに、
早く会って慰問したいと思ったが、
また一方では、あんまりショックが大きいので、
お見舞いの言葉も出て来ず、
気が重くなるのではないかという危惧もあり、
そうするとなるほど、
夫のいうように、もっと先でお見舞いをするほうが、
いいのかもしれなかった。

早くに見舞いにいった友人らは、
どんな結果だったのか、報告はなかった。

被災の日から、一ヶ月半ばかりたった秋晴れの日、
夫は朝食を摂ると腰を浮かし、

「これから福知へ行く」

という。私はカッとして、

「男が女に指図するか!
そういうことは前もっていうものだ!」

といってやった。夫は腰をおちつけ、

「そんならやめるか」

「いく、いく!」

と私は叫んで、
大急ぎでお見舞いの品をためていたのをまとめた。

セーターや毛糸のコート、
シャツやら子供の着物、
それにいつでも行けるようにと、
金庫にしまっておいたのし紙入りの「実弾」
(それは個人あてのお見舞いと町あての寄付の二種類)
そんなものを積み上げた。

もらいもののホーロー鍋や、
使わないお皿なども包んだ。

お袋からはかねて端ぎれで、
座布団地をことづけられている。

ウチの家政婦さんは蒲団を上手に縫う人であるが、

「被災地の人にあげはるお見舞いやったら、
タダで縫わしてもらいます」

と、義侠心を出してくれて、
十帖の座布団も出来上がっていた。

大きな荷物になった。

新しい住居からは、
わりあい早く村についた。

山崎の店へ寄って挨拶してから村へいく。

テレビより新聞より、
さすがに現地にくると迫力ある風景が展開していた。





          


(次回へ)

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