・私はずっと若いころから、
特定の年齢の男が好きだった。
つまり、十六、七から八、九ぐらいまでの青年である。
ハタチを過ぎると、少々トウが立つ感じで、
もう関心がない。
私自身が三十二、三ぐらいになるまで、
ず~っとそうだった。
それからあとは、
だんだんそういうことにこだわらなくなってしまった・・・
尤も好きといったって、
恋人か結婚相手に擬してのことではなくて、
ただムードとしてそうなのだから、
実体ではないのである。
単に私のロマンチシズムにすぎない。
いま考えると、
戦時中の青年像をそのまま抱き続けていたせいだろう。
私は終戦のとき十七歳だった。
私と同じ年ごろの男たちが、
特攻隊や学徒兵で散華したことに、
特別な感慨を持たざるを得なかったのであろう。
その深い心の刻み目が、
いつまでたっても消えずに、
ハイミスになるまで、青年のイメージというと、
十七、八、九くらいの年ごろに固定してしまったらしい。
それでもって私は、
現実の結婚相手にふさわしい男たちを探すことなく、
中年になってしまったのだから、
間が抜けている。
私は「青年」という言葉さえ好きだった。
純粋で酷薄で直截で、いちずに烈しくて、
というイメージを持っていた。
若くして死んだ兵士たちを空想で美化すると、
どうしてもそうなる。
そしてその反対にキライなものは、
大人、親、老醜、打算、狡知などという言葉である。
こういうムードは森茉莉氏や三島由紀夫氏の小説にもある。
青年に対する特殊な嗜好が、美意識の根底にあり、
例えば三島氏なども老醜をいとわしげに描くけれど、
単に美意識から照らし合わせ、
青年愛好癖の反面から描くから、
まだ老醜は彼にあっては甘く、観念的である。
それはまあ、余談であるが、
私の十七、八、九という年ごろの男に対する、
特殊な関心はロマンチシズムにすぎないから、
彼らのみてくれ、外貌に影響されるのももちろんであった。
ほっそりしてしなやかで、若々しい身ごなしで、
何を着てもサマになりそうな、そういうものを見ていた。
彼らのいうことも、
大変よくわかって明晰で、
いつも私と考えが同じだと思うのだった。
すぐ怒りそうなムッとした顔、
ぴっちりしたズボンに包まれた格好のいいお臀、
強そうでよくバネの利きそうなほそい腰、
ほんとに森茉莉さんの小説の世界、
「枯葉の寝床」や「恋人たちの森」に出てくる、
若い美しい青年は、いるものなのだった。
といって、残念ながら、
私には現実にそういう男がいたわけじゃなく、
よく知らないで、チラと見たゆきずりの美青年なんかから、
いろいろ好み通りに作りあげていくのだった。
小説を書いている関係上、学生たちがウチへ来て、
学校新聞に載せる談話や原稿を取りにくることがあった。
彼らは小説ほど美しくはないが、
しかしさわやかで人なつこくて、
私と話しているとウマが合い、
じつに愉快だった。
そうして三十をすぎた私は、
青年や少年らとともに、
親や教師を攻撃していた。
そのころは独身だったから、
思考の身軽さにおいては、
青年たちと同じくらいだった。
それが思いがけなく、
コブつき四人でワンセットの男と一緒になった。
その頃はまだ男の子も可愛らしく、
半ズボンなどはいていたりしたものだった。
ところがずんずん私の背丈を追い越し、
声変わりをして薄ひげが生え、
筋骨隆々としてくるのは、ほとんどアッという間。
そして私の立場は、
体制側的、家庭的、親的発想へ大転回してしまった。
ほんとはしてはいけないはずであるが、
せざるを得なくなってしまう。
私はそれは、家庭というものの持つ、
本質的な排他性のためではないか、
また家庭という形態の政治性のためではないか、
と思っている。
(次回へ)