被爆から62年目をむかえる広島にいます。被爆を体験した人たちが高齢化し、なくなられていく中で、被爆体験の風化が心配されています。毎年行われる8月6日の祈念式典、原爆資料館、国立の祈念館、街の中あちこちにつくられているメモリアルの碑や解説板、そして被爆者による「語り部」の運動・・、ずいぶんといろいろなことが行われているのですが、それでも風化が心配されています。憲法9条は、これを「風化」させないために、私たちは何をしてきたでしょうか・・。
私自身は、学校でとくに憲法9条について教えられたという記憶がありません。あったのかもしれませんが、忘れるくらいのものだったということでしょう。そもそも憲法とは何か、法律をつくる人たちが自分たちの利害や考え不足で勝手なことをしないように、大きな方向性のルールを定めたもの、つまり国をしばるルールであるということも、大人になって、平和を考えるようになってはじめて教えられたように思います。
現憲法には、前文からはじまって、一つ一つの条文に本当に重みのあるルールが託されています。憲法9条もその一つで、日本は朝鮮戦争、ベトナム戦争という近隣の大きな戦争に対しても、この憲法9条があるために参戦を免れてきたわけです。正確に言うと兵士という人的被害はなかった。相手国に対してどうだったかというと、事実上のアメリカ軍の出撃基地として、これらの国の破壊や人的被害に少なからぬ「貢献」をしています。
これは憲法9条は守られたかもしれませんが、憲法前文にある高邁な理念の方は見事に放棄されています。国際紛争を解決する手段としては武力を使わない・・という観点からすれば、この時点で憲法9条も踏みにじって、アメリカという武力による解決を選択したということになります。
あれだけ盛り上がった、ベトナム反戦運動のときに、こういう議論は起こらなかったのでしょうか?少なくとも、広く一般的な考え方として広がらなかったのはなぜでしょうか?
いま彦坂諦さんが書かれた「九条の根っこ」という本を読んでいます。9条を含む、憲法の考え方の「根っこ」つまり原点はどこから来ているのかを考えようという本です。護憲派の人に訴えるのではなく、憲法を変えてもよい、変えたいという人に訴えたい。そのためには、護憲の人にだけわかるような表現ではなく、「改憲」の立場の人に届く言葉を持ちたい・・、そのような書き出しではじまります。
まったく同感でした。そして、すでに深く、私たちの憲法が人類の戦乱の歴史の中で、何とかそれをなくしたいと努力した先人の考え方の結実が「日本国憲法」なのだということを、いろんな角度から調べてあります。実はまだ半分までしか読み進んでいないのですが、この本を読むだけで、その原点に触れられるという本です。
いま戦争体験の話となっています。戦禍の中で苦しんだという話ではありません。アメリカの下院でも従軍慰安婦問題での「日本非難決議」が可決されましたが、日本が、日本人が先の戦争でどのようなことをやってきたのかという体験の共有です。略奪、殺戮、破壊、そういう非難されるようなことをみずから語る人はなかなかいません。その中でもレイプ、さらにはレイプ殺人、妊婦のおなかを切り裂いたり、親子、兄弟に行為を強制させて喜んだり、そういうことを語る人はほとんどいません。彦坂さんは、こういう体験談をあちこちから(多くを公的資料の中から)辛抱強く集めてこられています。
イラクでのアメリカ軍の殺戮や拷問が問題になりますが、それよりもすさまじいかもしれない惨状が旧日本軍の行軍したあとに残っていました。兵隊が食べる食料すらないのですから、捕虜を捕まえても食べさせるものなどない。捕まえたものは、敵であろうと一般人であろうと殺す。そうしないと部隊が生き残れない。
地域の憎しみの対象ですから、こちらもすべてが敵に見える。イラクで米兵が一般人であろうと誰からなく射殺するのは恐怖からだと聞いたことがあります。同じ恐怖の状況と、精神的な高揚との中で、とても精神修養を積んだ人ですら戦場ではおかしくなる・・のではないでしょうか?
問題はそのやるせなさ、そのすさまじさ、その不毛な空しさを、どうやって後世に伝えるかだったのではないでしょうか?彦坂さんは、それをやらなかった日本において、憲法9条の原点であるべき「不戦」の考え方が風化してきたことを指摘したいのだと思います。
従軍慰安婦問題も南京大虐殺もなかったのだ、語る人がいないでしょう・・、というような総理大臣が誕生するほど、「日本国内での意識の風化」が激しい。だからこそ、米議会で異例の「非難決議」が上げられるようになったのではないでしょうか。
憲法を風化させない努力とは何か。戦後62年目にして、そのプログラムをきちんとつくりあげることに気づくなら、遅すぎはしないと思います。
本の紹介
「九条の根っこ-なぜ?と問うことからはじめよう-」(2006年12月25日発行)
著者:彦坂諦 出版社:れんが書房新社 定価:1800円+税
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