私が播くことば
「おはぎ」と「ぼたもち」
lk0252諫山萌加
「おはぎ」と「ぼたもち」
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導入
「もうすぐお盆だからお題はおはぎにしよう」と思ったが、調べると私はこれに関して重大な勘違いをしていたことに気付く。お盆におはぎは食べないということだ。
おはぎから発展し、今日学んだことについてここにまとめる。
《御萩(おはぎ)》
「はぎのもち」(「はぎの花」とも)の女房詞で、牡丹餠(ぼたもち)のこと。時代や地方によって違いがあるが、現在東京では、粳(うるち)と糯米(もちごめ)をまぜて炊き、軽くついたのち、まるめて餡(あん)、きな粉、すりごまなどをまぶしたものをいう。
*女重宝記(元祿五年)〔1692〕一・五「一ぼたもちは やわやわとも、おはぎとも」
*物類称呼〔1775〕四「ぼたもち 又はぎのはな又おはぎといふは女の詞なり」
*人情本・仮名文章娘節用〔1831~34〕三・七回「『ヲヤヲヤおめづらしい、お牡丹餠(ハギ)でございますかエ』『アイ富貴牡丹(ふきぼたん)といふ道明寺のおはぎサ』」
*婦系図〔1907〕〈泉鏡花〉前・九「お彼岸にお萩餠(ハギ)を拵へたって」
ハギはハギノハナ(萩花)の下略。小豆の粒を散らしかけたところが、萩の花の咲き乱れるさまに似ていることから〔世事百談・上方語源辞典=前田勇〕。
(小学館『日本国語大辞典』より)
《萩の餅(もち)をいう女房詞から》もち米、またはもち米とうるち米とをまぜて炊き、軽くついて丸め、小豆餡・きな粉・すりごまなどをまぶしたもの。彼岸に作る。ぼたもち。はぎのはな。
(『日本大百科全書』より)
(『日本大百科全書』より)
《牡丹餅(ぼたもち)》
糯米(もちごめ)と粳米(うるちごめ)とをまぜてたき、軽くついたものを、ちぎって丸め、あずき餡、きなこなどをまぶしたもの。萩のもち。おはぎ。やわやわ。隣知らず。
*俳諧・鷹筑波集〔1638〕五「萩の花ぼた餠(モチ)の名ぞみぐるし野〈重春〉」
*町人〔1692〕二「今のぼたもちと号するものは禁中がたにては萩の花といひて」
*諸国風俗問状答〔19C前〕阿波国風俗問状答・一〇月・八七「亥の子には餠を搗もあり、牡丹餠又は赤小豆飯を升に盛て祭り申也」
(1)形容が牡丹の花に似るところから、ボタンモチ(牡丹餠)の中略〔本朝世事談綺・嘉良喜随筆・牛馬問・物類称呼・燕居雑話・世事百談・俗語考・俚言集覧(増補)・大言海〕。
(2)ボタボタした餠の意〔松屋筆記〕。
(3)ボタ米を用いて作った餠であるところから。ボタ米は、にごから脱しきらないわら屑まじりの米をいう〔ことばの事典=日置昌一〕。
(『日本国語大辞典』より)
牡丹餅とも書き、餅菓子の一種。糯(もち)米と粳米(うるちまい)を等量に混ぜて炊き、軽く搗(つ)いたものを適当の大きさにちぎって丸め、小豆餡(あずきあん)やきな粉をまぶしたもの。ぼた餅は萩(はぎ)の餅、おはぎともいう。春秋の彼岸(ひがん)には仏前に供え、近隣相互に贈答を交わし、親睦(しんぼく)を図った。春の彼岸につくるものをぼた餅、秋の彼岸につくるものを萩の餅、おはぎと称したといわれる。また餡をつけたものがぼた餅、きな粉をまぶしたものはおはぎともいうが、いずれも定説ではなく、今日では春秋にかかわりなく、ぼた餅ともおはぎともよばれている。
彼岸のころを中心に和菓子屋の店頭にもあるが、本来は家庭でつくる菓子で、「ぼた餅で頬(ほお)を叩(たた)かれるよう」というたとえが「うまい話」の意であるように、ぼた餅は家庭での「うまいもの」であった。しかし餅菓子としての姿は見栄えのするものではなく、やぼったい菓子、あか抜けしない菓子とされてきた。「ぼた」には炭鉱での屑(くず)炭の意味があるほか、方言ではボロ、ボロ布(神奈川県三浦郡、島根県那賀(なか)郡)、水けのある土地(新潟県佐渡島)、太っている者(山口県大島、長崎県平戸)、大きなかたまり(静岡県庵原(いはら)郡)の意もある。また顔が丸く大きくて不器量な女性をぼた餅顔といったり、屑米(くずまい)をぼた米といい、ぼた米でつくった餅をぼた餅とする説もある。これらの説を総括したものがぼた餅には含まれているようである。ぼた餅にはまた「隣知らず」「夜舟」(ともにいつ搗(着)くかわからないの意)、「奉加(ほうが)帳」(搗(付)くところも搗かぬところもある)、「北の窓」(月知らず、半搗きの餅を使うのでいう)などの異名もある。[沢 史生] (『日本大百科全書』より)
以上、「おはぎ」と「ぼた餅」は同じものであることが分かる。
またあおい部分から、おはぎは萩の花、ぼた餅は牡丹の花からきていることが分かる。
《萩》
マメ科ハギ属の落葉低木または多年草の総称。特にヤマハギをさすことが多い。秋の七草の一つ。茎の下部は木質化している。葉は三小葉からなり互生する。夏から秋にかけ、葉腋に総状花序を出し、紅紫色ないし白色の蝶形花をつける。豆果は扁平で小さい。ヤマハギ・マルバハギ・ミヤギノハギなど。はぎくさ。学名はLespedeza 《季・秋》
*播磨風土記〔715頃〕揖保「一夜の間に、萩一根生ひき、高さ一丈ばかりなり」
*万葉集〔8C後〕一九・四二二四「朝霧のたなびく田居に鳴く雁を留め得むかも吾が屋戸の波義(ハギ)〈光明皇后〉」
*十巻本和名類聚抄〔934頃〕一〇「鹿鳴草 爾雅集注云萩〈音秋一音焦〉一名蕭〈音宵 波〈略〉〉」
*俳諧・奥の細道〔1693~94頃〕市振「一家に遊女もねたり萩と月〈芭蕉〉」
*日本植物名彙〔1884〕〈松村任三〉「ハギ ヤマハギ 胡枝子」 (『日本国語大辞典』より)
*俳諧・奥の細道〔1693~94頃〕市振「一家に遊女もねたり萩と月〈芭蕉〉」
*日本植物名彙〔1884〕〈松村任三〉「ハギ ヤマハギ 胡枝子」 (『日本国語大辞典』より)
《牡丹》
ボタン科の落葉低木。中国原産で、古く日本に渡来し、観賞用として庭に植えられる。高さ〇・六~一・八メートル。葉は二回羽状複葉で有柄。各小葉は卵形か披針形で二~三裂する。春、梢上に径二〇センチメートルぐらいの大形の重弁花を一個つける。花は紅・紅紫・黒紫・桃・白色などで変化が多い。根皮は頭痛、関節炎、リウマチ、婦人病などの薬として煎服(せんぷく)される。漢名、牡丹。はつかぐさ。ふかみぐさ。なとりぐさ。やまたちばな。ぼうたん。ぼうたんぐさ。学名はPaeonia suffruticosa 《季・夏》 ▼ぼたんの芽《季・春》
*菅家文草〔900頃〕四・法花寺白牡丹「色即為貞白、名猶喚牡丹」
*色葉字類抄〔1177~81〕「牡丹 ボタン ボウタン俗」
*俳諧・野ざらし紀行〔1685~86頃〕「牡丹蘂ふかく分出る蜂の名残哉」
*日本植物名彙〔1884〕〈松村任三〉「ボタン 牡丹」
*白居易‐惜牡丹花詩「惆悵階前紅牡丹、晩来唯有両枝残」 (『日本国語大辞典』より)
上記赤文字の部分から、春のお彼岸にはぼた餅(牡丹は春の花)、秋のお彼岸にはおはぎ(萩は秋の花)を食べることが分かる。
お盆ではなかったのだ。
では、お盆とお彼岸の違いは何か。
《彼岸会(彼岸)》
仏語。春分秋分の日を中日として、その前後七日間にわたって行なう法会。大同元年(八〇六)、崇道天皇(早良親王)の霊を慰めるために初めて行なわれた。《季・春》
*俳諧・類柑子〔1707〕上・里居の弁「彼岸会に里へ下ばや杖と足〈百猿〉」
*随筆・塩尻〔1698~1733頃〕九「凡暦家春秋の彼岸会を記す事久し」
*風俗画報‐一五七号〔1898〕三月「春分秋分(しゅんぶしうぶ)の日を中日とし合て七日仏事を修す、之を彼岸会(ヒガンヱ)と云ふ」
*白羊宮〔1906〕〈薄田泣菫〉望郷の歌「物詣する都女(みやこめ)の歩みものうき彼岸会(ヒガンヱ)や」
春秋二季の彼岸会(ひがんえ)。また、その法要の七日間。俳諧では、秋の彼岸を「後の彼岸」「秋の彼岸」という。《季・春》
*蜻蛉日記〔974頃〕中・天祿二年「つれづれとあるほどに、ひがんにいりぬれば」
*宇津保物語〔970~999頃〕国譲下「ひがんの程によき日をとりて、さるべき事おぼし設けて」
*文机談〔1283頃〕五「孝時は〈略〉四十二といひける秋、八月のひがんに、〈略〉出家のみちにいりて、真実報恩者となりぬ」
*世阿彌筆本謡曲・弱法師〔1429頃〕「このひかん七日の間、天王寺の西門、石の鳥居にて大せきゃうを引かれ候ふが」
*俳諧・増山の井〔1663〕二月「彼岸(ヒガン) 時正 是も春也。後の彼岸は秋也」
*諸国風俗問状答〔19C前〕紀伊国和歌山風俗問状答・二月・三九「彼岸入る日、中日、終る日には、俗家にも仏前へ、ぼたもち・だんご様のものを供す、寺院には法会・説法などある。此日の内、秋草の種を蒔く」
(『日本国語大辞典』より)
春秋二季の彼岸会(ひがんえ)。また、その法要の七日間。俳諧では、秋の彼岸を「後の彼岸」「秋の彼岸」という。《季・春》
*蜻蛉日記〔974頃〕中・天祿二年「つれづれとあるほどに、ひがんにいりぬれば」
*宇津保物語〔970~999頃〕国譲下「ひがんの程によき日をとりて、さるべき事おぼし設けて」
*文机談〔1283頃〕五「孝時は〈略〉四十二といひける秋、八月のひがんに、〈略〉出家のみちにいりて、真実報恩者となりぬ」
*世阿彌筆本謡曲・弱法師〔1429頃〕「このひかん七日の間、天王寺の西門、石の鳥居にて大せきゃうを引かれ候ふが」
*俳諧・増山の井〔1663〕二月「彼岸(ヒガン) 時正 是も春也。後の彼岸は秋也」
*諸国風俗問状答〔19C前〕紀伊国和歌山風俗問状答・二月・三九「彼岸入る日、中日、終る日には、俗家にも仏前へ、ぼたもち・だんご様のものを供す、寺院には法会・説法などある。此日の内、秋草の種を蒔く」
(『日本国語大辞典』より)
《盆》
(盂蘭盆(うらぼん)の略)七月一五日に行なわれる仏事。《季・秋》
*俳諧・古活字版中本犬筑波集〔1532頃〕恋「ほんには人のかよふたまづさ むかしよりその文月のこひのみち」
*浮世草子・好色一代男〔1682〕三・六「月雪のふる事も盆(ホン)も正月もしらず」
*俳諧・続猿蓑〔1698〕旅「くるしさも茶にはかつへぬ盆の旅〈曾良〉」
*浄瑠璃・曾根崎心中〔1703〕「ぼんと正月其上に、十夜・お秡・煤掃」
*風俗画報‐一五九号〔1898〕七月「此日(このひ)より十五日までを世俗盆と唱へ商売取引其他諸払の受取」
(日本国語大辞典より)
以上から、お彼岸とお盆は開催時期が異なることが分かる。
《まとめ》
「おはぎ」と「ぼた餅」は一緒のものだが、お彼岸の時期が違うため、呼び方も異なり、お盆とお彼岸はそもそも開催時期が違うということが分かった。
今まで間違った認識で来てしまったことへの恥ずかしさもあるが、逆にここで修正できて良かったとも思う。
【コラム】
江戸時代の辞書『永代節用無盡蔵』〔寛延三年原刻、嘉永二年再刻、舊編は河邉桑楊子〕
○飯團餅(ぼたもち)
飯團餅(ハンダンベイ/
めし、まるし、(もち)) 〔ほ部飲食門〕
茲に、「ぼたもち」を【飯團餅】と表記した語例を見る。