その中(『夜船閑話』)で白隠は、「真人の息は踝を以ってし、衆人の息は喉を以ってす」という荘子の名言を引いていますが、蜜息をすると、この感覚がよくわかります。おそらくは、骨盤を倒し、腹を膨らませるために、大腰筋などを使い、その力が腿から踝へ伝わっていくのだと思います。
「蜜息」という言葉の響きがまた、秘密の技法を連想させます。けれど、海童道祖がどのような考えで命名されたのかはたしかではありませんが、私はこれを「息をひそめる」、吸うも吐くも密やかに、息をしていることを自他にわからせないようにすることだと解釈しています。
https://www.youtube.com/watch?v=aVyxU21e29A
海童 道祖(わたつみ どうそ、1911年11月20日 - 1992年12月24日)は、尺八奏者。福岡県出身。アンドレイ・タルコフスキー監督の映画サクリファイスでも使用された。門弟に横山勝也がいる。(ウィキペディア)
四つの呼吸法
❶腹式呼吸
➋密息
❸胸式呼吸
❹逆腹式呼吸
外界の情報を遮断すると、妄想、幻覚が現われやすくなるといいます。外界の刺激を制限することにより、脳内に現出するものの割合を多くする。そうして現実の時間、空間に対する感覚は歪められ、さまざまな要素が溶け合った、別世界が現われる。座禅もそうですが、茶の湯はそのすぐれたシステムではないでしょうか。
「密息」による静止感、フォーカスイン/アウトの視点、それによって私たちの身体は、タイミングや、速度、温度、音量や音高、空間、感触、匂いなど、さまざまなパラメータに対して敏感になり、刺激されます。そして、それらが別々のものとしてではなく、一体化してしまう。すべてのパラメータが呼応して一緒になっていくという現象が、脳の中で生み出されるということです。
*ランボー → 五感を晒す
……、映画監督の崔陽一氏が「暮らしのなかの立ち居振る舞いというものが人間の感情をどこかで支配する」――佇まい自体が表現というものを持つ、まるで意識してそういう時代があったという意味のことを語っていました。
佇まいが表現になってしまう――やはりそれは、わずかな変化の中に、誰もが何かを見出せるという共通の感受性や美意識があったからでしょう。
能という芸能は、意識をイメージの世界に持っていくためのツールなのではないかと思われるのです。
*能舞台→平面的・非立体感・挙動が少ない等から脳内に意識が飛翔していく。
能とは、特殊な倍音と、呼吸またその他のさまなざまパラメータにより、時間の中に空間を組み込み、空間の中に時間を組み込み、時間、空間を歪め、最終的には、それらを全部、まるで意識してまとめたようなものなのです。
倍音とは、一つの音に含まれている要素で、すべての音は、基音と、その上に重なる倍音から成り立っています。
倍音【ばいおん】
基本音(基音)の整数倍の振動数をもつ上音をいう。一つの発音体が発する音は一般に複数の成分音(部分音)の集合として成り立ち,そのうち最も振動数が少なく,楽音の音高(音の高さ)を決定する音を基本音fundamental tone,これより振動数の多い音を上音overtoneという。(百科事典マイペディア)
倍音は、整数次倍音と非整数次倍音とに分類することができます。
整数次倍音が強い音は、キンキン、ギラギラした音に聴こえます。モンゴルのホーミーが、この音色の典型的なものです。……この声の特徴的な歌手は松任谷由実。
いっぽう、非整数次倍音とは、濁った音、ガサガサとかカサカサ、しゃがれたような音のことです。非整数次倍音を特徴とする歌手は、宇多田ヒカル、平井堅などです。
森進一の歌は、整数次倍音と非整数次倍音とが渾然一体となり、驚くばかりの音の変化を見せています。
黄倉雅広氏が「打検士の技」という話を書いています。
*宮本常一『忘れられた日本人』ある村での合議の様子。
そこでは、村のいま問題となっていることがダイレクトにとりあげて議論するのではなく、何時間もかけて外側のさまざまにことを話し合う。それも一日ではなく、翌日もその翌日も集まって、ずっと話し合いをし続けるのです。こうすることによって、何か一つの事柄についてだけ
決定されるのではなく、その事柄を含む全体が決定され、システムが確立されてゆく、というのです。
なんという、ゆるやかで大掛かりな思考方法であることか。
西洋文化の中で培われた、主構造の明確な論理性とはまったく異なる文脈の、いわば従構造で包み込むような論理性。人間が社会を作りそこで生きていくために編み出した、有機的で柔軟な、日本人独自の思考法だと思います。
*ダイアローグにしてもティベートにしても別世界のことども。
明確な主構造をもつ文化と柔軟な従構造で成り立つ対照的な文化を、パラレルに見つめ、味わい、そこから発想を広げることができるわけです。これは大きな喜びとなるにちがいありません。
*平成三十年二月二十五日抜粋終了。
【参考】
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