わたしの夫は「がん」だけを恐れていました。
他の病気は怖くないと言っていました。
なぜなら、がん以外の病気なら治るから、と そう言っていました。
もし、自分ががんだったら隠し通してほしい、と言いました。
わたしは逆に がんに限らず余命宣告される病気になったら
隠さずすぐに言ってほしい、とお願いしました。
わたしの気持ちは夫には伝わりませんでした。
わたしを理解しがたい変人と思ったようでした。
わたしは、体が動くうちに家族が困らないように、たくさんのことを伝えておく必要があると思いました。
それは ほぼ家事に関する些末なことですが、毎日のことだけにとても大切なことです。
様々な物品の整理。
残されて困るものはきっちり処分、誰かのお役にたつものならば形見分け?
会っておきたい人がいるならば その人にお別れのご挨拶もしておきたい。
最低でもこれだけはしておかなければならない、そうわたしは思ったのでした。



一方…
夫の言葉にわたしは正直傷つきました。
夫の心の中にわたしと子どもたちに対する思いがまったくなかったから。
当時まだ小中学生だった3人の子どもたちと今後どう生きていくかという経済的な問題
病院への付き添いや介護といった家族としてのサポートの負担
患者の家族であるだけでも辛いのにそれを自分に気づかれないように隠し通せという苦痛
夫が言ったことは これらのことをわたしに強いると…そういうことに他なりません。
しかし世の中は変わり 現実には皮肉なことに医師から直接病名を告げられるのでした
最近、ふと 夫はあまりにも「がん」だけを怖がって
その恐怖心が病を引き寄せたのではないか?と思ったのでした。
自分がどれほど非科学的で滑稽なことを言っているかはわかっています(^-^;
でも…
例えばこんな話を聞いたことがあります。
崖っぷちの道を歩いていて、崖が怖い、もしも落ちたら…怖い怖い怖い
と思えば思うほど崖の方へ近づいてしまうのだとか。
それは恐怖のあまり視線が崖の方へ崖の方へといってしまうから…だというのです。
それと…
言葉の力、というのもあると思います。
古くから忌み言葉というのがありますね。
例えば結婚式では「終わる」を「お開き」に言い換えたりします。
「スルメ」を「あたりめ」と言ったりしますね。
口に出したら本当になってしまう…という心理が働くのだと思います。
命あるものは いずれは必ず死を迎えます。
ある意味 死は救いでもあると思います。
49歳で肺がんで亡くなったわたしの父よりも
53歳で糖尿病が原因で亡くなった母のほうが
わたしには悲惨に思えるのです。
母は失明し 心臓も腎臓も悪くなり
長い闘病の末 絶望し自殺を企てました。
当時は わたし自身が病児を抱えて大変な時期で
何もしてあげられませんでした。
いろいろと後悔ばかりが残ります。
本当にいろいろなことがありました。本当に…
それでも
今は ほんの少しですが(笑)わたしのことを気遣うようになってくれた夫を支えて
いくことがわたしの生きがいです。
“今日一日を生き抜こう” が合言葉