いつの間にか終戦記念日を通り過ごしていたことに今日気がつきました。
最近は雨ばかりで蝉の鳴き声を聞くこともないし、コロナ騒動でテレビから聞こえるのはコロナによる感染増大のニュースばかり!
昭和20年8月15日の暑いあの日の昼間、うるさい程の蝉の鳴き声と共に殆ど聞き取れないほどのガーガーというラジオの雑音の前で、家族全員が正座をして玉音(天皇陛下の声)放送を聞いていました。しかし暗い感じのその内容は理解できないままでした。
夕方になり町内会長からの伝達で、日本が戦争に負けたというあり得ない情報を耳にしました。
小学生時代、「鬼畜米英」という言葉を嫌というほど叩き込まれていた私は、すぐに毛むくじゃらの外国人が襲って来るのだと真剣に考えて、どんな明日が来るのだろうと恐れおののきながら、その夕方は、戦争(志那事変)に出征した折の軍服を着た馬上の凛凛しい父の数少ない写真を、五右衛門ぶろを薪で沸かすときのその火で燃やしたことが、鮮明に思い出されます。
多分、戦争にまつわるものを消し去ろうと考えたのでしょう。当時女学校(後の中学生)1年生でした。
その後は、当時の私の思惑とはかけ離れた新生の時代、私のキラキラした青春時代の幕開けとなったのです。