治りやすいが、見つかりにくい――。この30年で患者が5倍に増え、最も多いがんになりつつある大腸がん。「ステージ3」と呼ばれる段階でも80%は治る一方で、初期段階では特有の症状がない。BS日テレ「深層NEWS」に出演した光仁会第一病院(東京都葛飾区)の杉原健一院長は、大腸がんの早期発見のためにも、毎年の検診が重要だと訴えた。(構成 読売新聞編集委員 伊藤俊行)
◆食生活の変化と高齢化で、30年で5倍増
大腸がん患者の数は、この30年でおよそ5倍に増え、2015年は肺がんや胃がんの患者数を超える予想となっています。
その理由として、一般的によく言われているのは、食生活の欧米化、ライフスタイルの欧米化です。ただ、そのように言われ始めてから、ずいぶんと時間がたっています。食生活の変化によって大腸がんが増えてきたのは、だいたい1990年代後半までだと思われます。
それ以降の大腸がん増加の要因は、やはり高齢化社会になったことでしょう。
食生活の欧米化によって大腸がんが増えるというのは、肉をたくさん食べるようになったことによる変化です。とくに赤身の肉や加工肉をたくさん食べると、その消化のために、肝臓でできる胆汁酸が増えます。胆汁酸が腸の中に行くと、細菌によって二次胆汁酸になります。この二次胆汁酸に、発がん性があると言われています。肉食そのものが良くないということではなく、胆汁酸と腸内細菌の影響で、大腸がんが増えたと考えられます。
肉の種類としては、牛肉でも豚肉でも、一般的に赤肉が大腸がんに関連しているとされていて、魚や白身の鶏肉は関係がないと言われています。
高齢化による要因は、遺伝子変化の蓄積です。大腸がんは、遺伝子の変化の蓄積で発生すると考えられていて、だんだん年齢を重ねるごとに、遺伝子の変化が積み重なってくるわけです。このため、年齢が高くなるにつれて、大腸がんの罹患率が高くなるのです。高齢化が進行することで、大腸がんの患者はますます増えるようになると思います。
■ステージ3でも治る確率は8割
大腸がんは、他のがんと比べて進行が早いわけではありません。突然、大きながんや、進行したがんができるのではなく、最初は小さな「ポリープ」と言われるものが、だんだん大きくなり、がんになります。がんも小さなものからだんだん大きくなる過程を経ますから、例えば、小さなポリープができてから、手術が必要になるがんになるまでの期間は、少なくとも2年以上だと言われています。
がんの中では、大腸がんも胃がんと同様に、適切に治療すれば治りやすいものです。がんには進行度合いに応じて「ステージ」があります。大腸がんの場合、「ステージ3」までに発見されれば、治る確率がかなり高いと思います(図2)。
「ステージ0」は、粘膜の中にとどまっている状態です。その後、「浸潤」と言って、少しずつ大きくなって壁の中に入り込んでいくのですが、腸の中にとどまっている「ステージ1」や「ステージ2」であれば、かなりの確率で治ります。リンパ節転移があるものを「ステージ3」と言いますが、今の日本では、「ステージ3」の大腸がんでも、80%近くは治ると言われています。これが「ステージ4」になると、なかなか治すのは難しい。
■症状がない怖さ
ただ、大腸がんには、特有の症状がないという特徴があります。つまり、症状が出た時には、ある程度進んだ状態のがんだということなので、ここが怖い点です。ですから、症状のないうちに見つけることが大事なのです。
そのためには検診を受けることが不可欠ですが、その前提で、検診以前に気付く初期症状をまとめてみました。
(1) 便に粘液や血が混じる
(2) 下痢や便秘が続く
(3) お腹(なか)にしこりがある
(4) “残便感”がある
(5) 便意はあるが出ない
痔でも出血はありますが、痔の出血は便の周りに付着します。便を出した後も、血液がぽたぽたと落ちます。血の色も、鮮血と呼ばれる赤い血がまじります。また、便をする際に痛みもあります。これらが痔の出血の典型的な症状です。
これに対し、大腸がんの場合の出血は、便に血がまじっても排便の時に痛みがなかったり、便と血液がまじって黒っぽく見えたりという特徴があります。黒っぽい血がまじっていたら、痔だと思っていても、検査を受けた方がいいと思います。
下痢や便秘が続くという意味は、それまで1日1回便が出ていたのに、下痢をしやすくなったとか、便秘になりやすくなったという便通の変化が起きた状態のことです。
お腹のしこりは、がんがある程度大きくなると、触って分かるほどのしこりを感じるということです。
大腸がんの種類には、肛門に近い左(図4では向かって右)の方にできる直腸がんやS状結腸がん、右の方にできる上行結腸がんや盲腸がんがあります。
右(図4では向かって左)の方にできる上行結腸がんや盲腸がんは、なかなか症状が出ません。便の中に血がまじっても、攪拌(かくはん))されてしまって血液が分かりにくいのです。
肛門に近い左(図4では向かって右)の方のがんは、しこりができるほど大きくなる前に、便に血がまじるとか、便通異常といった、他の症状が出るようになります。つまり、しこりを感じるのは、右の方にできるがんです。
(4)の“残便感”は、直腸がんの一つの特徴です。便がすっきり出ないため、便が残っているような感じがすることです。(5)の便意があるのに便が出ないというのも、直腸がんの症状としてあります。
◆毎年の検診が大切
大腸がん検診は、自治体だと40歳以上になると受けられます。
具体的には、便の中に血が混じっているかどうかを調べる便潜血検査という方法を使っています。検診の日およびその前日に出た便の表面をこすり、容器の中に入れて病院に持っていく「2回法」が主流です。病院ではこれを調べて、便の中に血液があるかどうかを判断します。便の中に血が混じっていて陽性の結果が出れば、精密検査を受けることになります。
大腸がんができているのに、便潜血が陽性にならない人も14%~15%ほどいらっしゃいます。ただ、その時に見つからなくても、1年に1回、大腸がん検診を繰り返して受けていれば、次には見つかります。がんが見落とされていたとしても、1年ではそれほど急速に悪くはなりませんから、定期的に検診を受けることが大事なのです。
便潜血検査で陽性だった場合は、大腸の内視鏡検査、いわゆる大腸カメラか、おしりからバリウムを入れて検査する注腸検査の2種類の精密検査から選択をすることになります。
内視鏡検査の場合は、下剤を飲んで腸をきれいにしてから、肛門からカメラを入れて、腸の中を全部見ていく検査です。この検査が便利な点は、その場である程度、ポリープやがんが見えますし、そういう病変があれば、細胞をとってきて、良性か悪性か、つまりがんかどうかを判断できることです。
バリウム注腸検査は、同じように下剤を飲んで腸をきれいにした後、お尻からバリウムを入れて腸全体を映し出します。
内視鏡検査の場合は、多少、技術が必要で、慣れた先生が行った方がいいのに対し、バリウムの場合は、もう少し簡単にできます。
また、病変が非常に小さく、平らだと、注腸検査では見つけにくいので、内視鏡検査の方がいいと思います。病変がある程度の大きさであれば、注腸検査でも十分に発見できます。
残念ながら、血液検査では早期に大腸がんを見つけられませんから、肛門からカメラやバリウムを入れるのに抵抗を感じるという方も、ご自分の健康のためと思って、検査を受けていただきたいと思います。費用は病院によって多少異なりますが、大腸内視鏡検査だと6000円から2万円程度、注腸検査だと4000円か5000円ぐらいです。いずれも、保険が効きます。かつては大腸内視鏡検査で違和感を強く感じた人もいらっしゃったのですが、現在は検査機器も、医師の技術も向上していますので、不快感は相当に減ったと思います。便潜血検査で陽性ということであれば、ぜひ、大腸内視鏡検査を受けた方がいいでしょう。
大腸カメラによる検査の頻度は、以前にポリープがあって内視鏡で切除したり、大腸がんの手術をしたりした人で、病気がなにもない場合には、2年に1回ぐらいで結構です。ポリープや大腸がんの経験がなく、異常もない人は、毎年の便潜血検査をしっかり続けてください。
◆内視鏡治療、手術治療、抗がん剤治療、放射線治療
検診で大腸がんと診断されたら、どの程度のステージにあるのかを診断したうえで、治療法を決定します。
治療法には、内視鏡治療、手術治療、抗がん剤治療、放射線治療の4種類があります。
まず、内視鏡でがんを見て、粘膜だけにとどまっているがんや、多少は粘膜下層にまで入って行ってはいるものの早期がんであれば、内視鏡で切除します。それだけで治る場合もあります。精密検査の段階で発見して、そのまま切ってしまうこともあります。
ただ、内視鏡治療は腸の中にある病変やがんは取れますが、リンパ節に転移している可能性がある場合、リンパ節は切り取れません。その場合は、手術治療になります。
手術治療の基本は、ある程度リンパ節に転移している進行がんが相手ですので、しっかりリンパ節を取ってくることになります。従来は、大きく30センチくらいお腹を切って、その手術をしていたのですが、最近では腹腔(ふくくう))鏡をお腹の中に入れて、お腹の中を見ながら細い鉗子(かんし))を入れ、リンパ節郭清(かくせい)をすることができるようになりました。この方法だと、体の傷が小さいので、痛みも少なく、回復も早いので、手術して1週間前後で家に帰れるという利点があります。
病院によってはステージに関係なく、腹腔鏡手術を行っている施設もありますが、やはり、腹腔鏡手術のデメリットもあって、大きながんや、がんが腸の壁を破ってしまっているような場合は、腹腔鏡手術は控えた方がいいのではないかと考えています。
腹腔鏡手術とそうでない手術との治癒率の違いは、まだしっかりしたデータが出ていません。がんが腸の壁を破っている場合は、お腹の中にがん細胞がまき散らされる「腹膜播種(はしゅ)」が起こる可能性もあります。専門の先生とよく相談して、治療法を決めてください。
◆人工肛門
直腸がんが肛門近くにある場合、人工肛門になることがあります。
がんは、その部位だけを取ってくるのではなくて、周囲のリンパ節もとってきます。安全域を見て直腸がんの場合はがんから離れた2、3センチ肛門近くの腸まで切るわけですが、それが肛門に引っかかってしまうようだと、人工肛門の手術になります。
図6の赤い点のようなものが人工肛門で、腸の一部をお腹の壁に出したものです。そこにパウチという袋を張って、便を受けます。
便が肛門から出ずに、お腹の壁から出るのが人工肛門です。普通の肛門の場合は、肛門を広げて便を出したり、閉じて出ないようにしたりできるのですが、人工肛門の場合はその働きをする括約筋がないので、便をぐっと我慢するといった排便調節ができません。違いはそれだけで、あとは同じです。
なぜ、人工肛門を嫌がる人が多いかといえば、それまで排便をコントロールできていたのに、お腹の壁から便を出すために、見た目も悪いし、匂いも出るんじゃないか、便で汚れるのではないかという不安、そういうことによって日常生活に障害があると考えるからです。実は、人工肛門にならなかったとしても、直腸を大部分切り取って肛門の近くに腸をつないだ場合でも、直腸がなくなりますので、便を十分にためて一気に押し出すという直腸の作用がなくなってしまいます。便を十分にためられず、また、押し出せないために、便の回数が増えるということと、便を催してもじっと我慢できず、すぐにトイレに行かなければいけないので、なかなか、長時間の外出ができません。
最近は人工肛門に張るパウチが非常に良くなり、はがれるとか、臭うとか、外に漏れるということがありません。やはり、手術をする前に、人工肛門にならない方がいいのか、人工肛門にした方がいいのかを、ご自分のライフスタイルを考えて、医師とよく相談して決めた方がいいと思います。
抗がん剤治療や放射線治療は、それによってがんが完全に消えてしまうということは、まず、考えられません。手術で取り切れない場合の補完的な治療ということになります。
大腸がんになりやすい人は、大腸ポリープの経験者、血縁者に大腸がんの患者がいる人、偏食や不規則な生活をしている人、そして加齢(老化)の影響を受けている人です。
大腸ポリープには悪性と良性があります。悪性はがんですが、良性でも放置しておくと、だんだんがんになるポリープがあります(図7)。一度、そういうポリープを作った腸は、あちらこちらにポリープを作りますから、定期的に大腸内視鏡検査をした方がいいということになります。
赤肉とか加工肉の話を最初にいたしましたが、どれだけ食べたら大腸がんになりやすいのか、あるいは、どれだけ避けたらなりにくいのかという基準がありません。適度な運動をしていた方が大腸がんにならないとも言われますが、との程度の運動をしたらならないのか、なかなか目安がありません。やはり検診、検査をきちんと受ける、いわゆる2次予防ということになりますが、それが大切です。
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