産経新聞 7月4日(木)10時1分配信
高齢期の治療をどこまでするかは医師も患者も悩む課題だ (本文とは関係ありません)(写真:産経新聞)
高齢でがんになったとき、どこまで治療するかは個々人の体調や状態によって判断が分かれる。現役世代に比べて体力や全身状態に個人差が大きく、後遺症の程度もよく分かっていない。患者もどこまで治療するか、人によって考えが異なる。ガイドラインを一律に適用できず、医者も患者も悩み多いのが現実だ。(佐藤好美)
【グラフで見る】がん患者に占める80歳以上の割合
東京都大田区に住む小山章さん(90)=仮名=は昨年秋、区のがん検診を受けて胃がんが見つかった。総合病院で精密検査をしたところ、医師に「これは全摘(胃の全部摘出)ですね」と告げられた。
小山さんは「そりゃ、大変だと思いました。年も年だから寿命だってあるのに、胃を全部取ったら、食事もなかなかできなくなる。他の方法はないのかと思いました」と言う。考えあぐねて別の病院でも診断を受けた。
2カ所目の病院では、医者が小山さんの心臓が悪いことを懸念し、手術には消極的だった。「年を取った人は何もしない人もいますよ。何もしなくても2、3年は大丈夫ですから」と言われた。
「全部摘出」と「何もしない」の両極端の選択肢を示され、小山さんは困惑。「画像には映っているし、あると分かっていて放置するのも気持ちが悪い。でも、2カ所目の病院の判断は心臓を診る医者がいなかったせいもあると思う。心臓も診られる病院を紹介してもらって決めようと思いました」
3カ所目の大学病院では、医師はまず、循環器科にかかることを勧めた。そこで「心臓の手術に耐えうる」と太鼓判を押された小山さんはまず、心臓にステントを入れる手術を受けた。
胃の手術はそれから2カ月後。小山さんは「なるべく小さく切ってほしいと頼みました。どう考えても、100歳まで生きることはない。小さく切って、うまくいけば2、3年が5年になるかもしれない。それでいい」。「局所切除」を受け、退院した。
「前はフィットネスクラブでちょっと歩くと息が上がっていたが、今は10分歩いても大丈夫。食事も少なめだが、手術から1週間程度で家族と同じものを食べました。全摘だったら、大変だったと思いますね」と話している。
◆測りきれない悪影響
がんの手術では一般に、腫瘍の位置や大きさによって、科学的根拠に基づいて生存率の高い治療法が決まっている。
しかし、東京大学大学院医学系研究科の瀬戸泰之教授(消化器外科)は「高齢者の胃がんの手術には、スタンダード(基準)がない」と言う。手術で胃を失った後の生活への影響が測りきれないからだ。
手術で胃を失えば食事量や消化吸収能力が落ちるが、最近では免疫力や食欲も落ちることが予想されている。瀬戸教授は「現役世代は、消化吸収能力などが落ちても乗り越えていける。個人差はあるが、75歳くらいでも手術の手控えはしない。治すことを優先するからだ。だが、食欲や免疫力も落ちることが予想されるので、80歳より上くらいになると、胃がないことで他の病気にもかかりやすいことが推測される。実は胃を残すメリットは大きいのではないか」。
◆5年生存率は指標か
迷うのは、80歳以上の人には治療の科学的根拠がないからだ。治療の安全性や有効性を調べる「臨床試験」は80歳までの人が対象。だから、それを基に決めるガイドラインが80歳以上の人にあてはまるのかどうかよく分からない。瀬戸教授は「がん治療は5年生存率で結果を見るが、例えば、85歳の人に5年生存率でものを言っていいのかどうかも分かっていない」と話す。
本当は何が良いのかよく分からないため、現場は迷いつつ治療にあたる。瀬戸教授のグループの山下裕玄(ひろはる)講師らは同じ医局の医師16人にアンケートを実施した。内容は、患者が50歳の場合と80歳の場合で、早期上部胃がんの術式が異なるかどうか。内視鏡写真を示して「ベストな治療法」を聞いたところ、「患者が50歳の場合」は胃の上部を大きく切除する「噴門側胃切除」を選ぶ医師が最多。しかし、「患者が80歳の場合」は、ガイドラインにはないが、体に負担の少ない「内視鏡治療」を選ぶ医師が最多だった。
さらに驚くべきことに、「自分が患者の場合」の希望を聞くと、「患者が80歳の場合」と同じ控えめな治療法が最多だった。今のガイドラインは「救命」が判断基準になるので、がん治療後にやってくる「生活の質」があまり考慮されていないことが想起される。
だが、「生活の質」を測り、それをガイドラインに反映させることは極めて難しい。質を測る指標が決めきれないからだ。
◆ガイドライン作成へ
瀬戸教授らは今年、30病院程度を対象として、80歳以上の患者に実際、どんな胃がん手術を行ったかの調査を実施する予定だ。ガイドラインより控えめな手術が多いことが予想されるが、実際のデータを基に、本当は何が良いかを検討したい意向。瀬戸教授は「高齢者のためのガイドラインは必要だ。今はそれがないので現場が大変に苦労している。治療後の生活の質も考慮したガイドラインの作成は非常に難しいが、少なくとも高齢者にはつくる必要がある。将来的には現役世代についても検討が必要かもしれない」と話している。
高齢期の治療をどこまでするかは医師も患者も悩む課題だ (本文とは関係ありません)(写真:産経新聞)
高齢でがんになったとき、どこまで治療するかは個々人の体調や状態によって判断が分かれる。現役世代に比べて体力や全身状態に個人差が大きく、後遺症の程度もよく分かっていない。患者もどこまで治療するか、人によって考えが異なる。ガイドラインを一律に適用できず、医者も患者も悩み多いのが現実だ。(佐藤好美)
【グラフで見る】がん患者に占める80歳以上の割合
東京都大田区に住む小山章さん(90)=仮名=は昨年秋、区のがん検診を受けて胃がんが見つかった。総合病院で精密検査をしたところ、医師に「これは全摘(胃の全部摘出)ですね」と告げられた。
小山さんは「そりゃ、大変だと思いました。年も年だから寿命だってあるのに、胃を全部取ったら、食事もなかなかできなくなる。他の方法はないのかと思いました」と言う。考えあぐねて別の病院でも診断を受けた。
2カ所目の病院では、医者が小山さんの心臓が悪いことを懸念し、手術には消極的だった。「年を取った人は何もしない人もいますよ。何もしなくても2、3年は大丈夫ですから」と言われた。
「全部摘出」と「何もしない」の両極端の選択肢を示され、小山さんは困惑。「画像には映っているし、あると分かっていて放置するのも気持ちが悪い。でも、2カ所目の病院の判断は心臓を診る医者がいなかったせいもあると思う。心臓も診られる病院を紹介してもらって決めようと思いました」
3カ所目の大学病院では、医師はまず、循環器科にかかることを勧めた。そこで「心臓の手術に耐えうる」と太鼓判を押された小山さんはまず、心臓にステントを入れる手術を受けた。
胃の手術はそれから2カ月後。小山さんは「なるべく小さく切ってほしいと頼みました。どう考えても、100歳まで生きることはない。小さく切って、うまくいけば2、3年が5年になるかもしれない。それでいい」。「局所切除」を受け、退院した。
「前はフィットネスクラブでちょっと歩くと息が上がっていたが、今は10分歩いても大丈夫。食事も少なめだが、手術から1週間程度で家族と同じものを食べました。全摘だったら、大変だったと思いますね」と話している。
◆測りきれない悪影響
がんの手術では一般に、腫瘍の位置や大きさによって、科学的根拠に基づいて生存率の高い治療法が決まっている。
しかし、東京大学大学院医学系研究科の瀬戸泰之教授(消化器外科)は「高齢者の胃がんの手術には、スタンダード(基準)がない」と言う。手術で胃を失った後の生活への影響が測りきれないからだ。
手術で胃を失えば食事量や消化吸収能力が落ちるが、最近では免疫力や食欲も落ちることが予想されている。瀬戸教授は「現役世代は、消化吸収能力などが落ちても乗り越えていける。個人差はあるが、75歳くらいでも手術の手控えはしない。治すことを優先するからだ。だが、食欲や免疫力も落ちることが予想されるので、80歳より上くらいになると、胃がないことで他の病気にもかかりやすいことが推測される。実は胃を残すメリットは大きいのではないか」。
◆5年生存率は指標か
迷うのは、80歳以上の人には治療の科学的根拠がないからだ。治療の安全性や有効性を調べる「臨床試験」は80歳までの人が対象。だから、それを基に決めるガイドラインが80歳以上の人にあてはまるのかどうかよく分からない。瀬戸教授は「がん治療は5年生存率で結果を見るが、例えば、85歳の人に5年生存率でものを言っていいのかどうかも分かっていない」と話す。
本当は何が良いのかよく分からないため、現場は迷いつつ治療にあたる。瀬戸教授のグループの山下裕玄(ひろはる)講師らは同じ医局の医師16人にアンケートを実施した。内容は、患者が50歳の場合と80歳の場合で、早期上部胃がんの術式が異なるかどうか。内視鏡写真を示して「ベストな治療法」を聞いたところ、「患者が50歳の場合」は胃の上部を大きく切除する「噴門側胃切除」を選ぶ医師が最多。しかし、「患者が80歳の場合」は、ガイドラインにはないが、体に負担の少ない「内視鏡治療」を選ぶ医師が最多だった。
さらに驚くべきことに、「自分が患者の場合」の希望を聞くと、「患者が80歳の場合」と同じ控えめな治療法が最多だった。今のガイドラインは「救命」が判断基準になるので、がん治療後にやってくる「生活の質」があまり考慮されていないことが想起される。
だが、「生活の質」を測り、それをガイドラインに反映させることは極めて難しい。質を測る指標が決めきれないからだ。
◆ガイドライン作成へ
瀬戸教授らは今年、30病院程度を対象として、80歳以上の患者に実際、どんな胃がん手術を行ったかの調査を実施する予定だ。ガイドラインより控えめな手術が多いことが予想されるが、実際のデータを基に、本当は何が良いかを検討したい意向。瀬戸教授は「高齢者のためのガイドラインは必要だ。今はそれがないので現場が大変に苦労している。治療後の生活の質も考慮したガイドラインの作成は非常に難しいが、少なくとも高齢者にはつくる必要がある。将来的には現役世代についても検討が必要かもしれない」と話している。
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