昭和47年秋、既に一部の週刊誌に「大井の怪物ハイセイコー」の記事が出始めていた。南関東公営の大井、川崎、船橋、浦和の地方競馬は施設も貧弱で、ダートコースしかなく、賞金額も少ない。集まる馬たちにも良血馬は少なく、安馬がほとんどであった。ハイセイコーも決して良血馬とは言い難い。それでも取引価格は破格の1500万円と言われていた。
ハイセイコーは500キロを優に超える雄大な馬格を誇り、デビュー前の調教が驚異的であったらしい。ハイセイコーとの対戦を回避する馬が多く、予定していた新馬戦が不成立となったほどである。
彼の初戦は未出走戦6頭立てで、6馬身差のレコード勝ち。続いて16馬身差の大差のぶっちぎり、8馬身差の楽勝で3連勝を飾った。
寺山はハイセイコーに二度2着したジプシーダンサーという牝馬に、彼らしい物語を仮託していた。
同世代でハイセイコーに次ぐ存在は、同じく大井のゴールドイーグルとヨウコウザンと見なされていた。このゴールドイーグルの父がカブトシローである。生産地は競走馬の僻地宮崎県である。母馬の血統も三流で、取引価格はたったの70万円だった。 彼の馬体は、420キロ台と小柄で、その黒鹿毛は写真で見た父カブトシローに良く似ていた。
彼もデビューの新馬戦から鮮やかに逃げ切って3連勝を飾っていた。4戦目は逃げ粘ったものの2着で、5戦目のゴールドジュニアカップで初めてハイセイコーと対戦した。
私は大井競馬場に出かけた。ハイセイコーの対抗に、伝説のカブトシローの子ゴールドイーグルの馬券を買った。ゴールドイーグルは小さな馬体で果敢に逃げたが、二番手を進んだハイセイコーにアッという間に10馬身の大差をつけられてしまった。またもレコード勝ちである。馬券は当たったが配当はごくわずかであった。ハイセイコーの圧倒的な強さと迫力は感動的で、懸命に逃げ粘って2着を確保した小さなゴールドイーグルは健気であった。
ハイセイコーはその後2戦を大差で楽勝し、鳴り物入りで中央競馬に転厩した。ハイセイコーの抜けた南関東公営競馬は、ゴールドイーグルとヨウコウザンの一騎打ちの様相を呈した。しかし世の中はハイセイコーのいる中央競馬の話題で沸騰していた。
重賞・黒潮杯はゴールドイーグルが父そっくりの強引な逃げでヨウコウザンに6馬身の大差をつけて勝った。1番人気に応えたのである。続く羽田杯はヨウコウザンに差されて2着。迎えた東京ダービーは16頭立て。ヨウコウザンと差のない2番人気だったが、逃げて馬群に沈み、最下位の16着に敗れた。勝ったのはヨウコウザンである。ゴールドイーグルの負け様と人気への裏切りは、どこか父カブトシローを彷彿させた。
その後ゴールドイーグルは 脚部不安から 長期休養に入り、ヨウコウザンはレース中に骨折して死んだ。地方競馬ファンは「あゝヨウコウ惨!」と悲しんだものである。 しかし世の中は、ハイセイコーの日本ダービーの敗戦を悲しみ、彼が秋の菊花賞で雪辱を果たすかどうかを論じ始めていた。そんな中、ゴールドイーグルは名古屋・中京・笠松を舞台とする東海公営競馬に転厩していった。
その後再起したゴールドイーグルは、6戦5勝2着1回という好成績で東海公営競馬のチャンピオンホースとなった。70万円の馬は既に6千万円の収得賞金を稼いでいた。
脚部不安で1年9ヶ月を棒に振った後、中央競馬の栗東の名調教師・伊藤雄二厩舎への転厩が発表された。ゴールドイーグルは、あの伝説のカブトシローの子として初めて注目を集めたのである。あのハイセイコーは引退し、既にいない。
彼は2戦目の重賞マイラーズCで良血の一流馬を相手に鮮烈な逃げを見せ、シンザン産駒で2つの日本レコードを出した芦毛の快速馬シルバーランドの2着となった。その強引で豊かなスピードに、多くの古くからの競馬ファンは伝説のカブトシローを重ねたのである。しかし彼はこのレースで脚を痛め、再び長期休養に入ってしまった。
十ヶ月後の彼の再起はもっと鮮烈であった。大阪杯を楽に逃げ切り、続くマイラーズCも6馬身差の大差で逃げ切った。この二戦で破った相手は後の天皇賞馬ホクトボーイやクラウンピラード等である。
ゴールドイーグルは天皇賞で14頭立ての3番人気となった。1番人気になれなかったのは仕方がない。あの貴公子と呼ばれたテンポイントや、長距離のスペシャリスト菊花賞馬グリーングラスがいたからである。勝ったのはテンポイントであった。ゴールドイーグルは逃げに逃げたが直線で一杯になり、馬群に沈んだ。最下位の14着で、その姿は父に似ていた。レース中に脚の骨にヒビが入っていたのである。
引退して種牡馬になったゴールドイーグルは、三流血統のため産駒は極めて少ない。それでも地方競馬でそこそこに走ったゴールドシナノ、ゴールドニセイを出した。だが彼は種牡馬を数年で廃用となった。その後の行方は誰も知らない。
(この一文は2006年5月9日に書かれたものです。)
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