解剖されし 囚人墓の 供花(くげ)のさやけし
北千住 清亮寺 「解剖人墓」
高校同窓会主催の母校歴史探訪で訪れた北千住のお寺の一つに清亮寺があります。そこに「解剖人墓」がありました。このようなお墓に出会うのは初めてです。高校同期のガイドさんの説明によれば、明治3年(1870)に小塚原の刑場で処刑された後、ここで解剖された11人を供養するためのお墓で、明治の外科医学がここから始まったことをも示す貴重な資料とのことです。
明治当初の墓石は、昭和42年(1967)に新たな作られた碑の後ろにあります。
私は、日本の外科医学の黎明に貢献してくれた囚人を供養する明治人の心根と、今もなおこのお墓にお花を供える千住の人の清く爽やかな心根に触るる思いがしました。