次の日、子供達が青や赤や黄色のカラフルなリュックを背負い、帽子をかぶっていて興奮していた。
「象さん!象さんに会える!」
「ライオン!ライオン!ガオオオー!」
「はしゃぐのは良いが、誰か一人でも迷子になったらみんなが迷惑するんだからな。動物園に着く前に迷子になって、動物を見ることなく帰るなんて事もあるんだからな。みんな楽しく行って帰ってくるのが一番だろ?」
「はーい!」
「そうしたらどうすればいいのか?しっかり考えておけよ!」
「は~い!!」
返事だけはちゃんとする。いくらか心配はあるが子供たちの中でも小学生である年上の子供たちは年下の面倒を見るようにと言われているのでそれほど気にする必要は無いだろう。
「それではかずみっちゃん。お願いね。ここに、バス代と電車賃と入園料」
予め調べておいたらしく1円も違ってはいない。
「それと予備のお金」
子供達が何かあった時にと、多めにもらう。ただ、これは何も無ければ全額返さなければならないものだ。後々、院長は子供達に何かあったかと聞くので間違いなくバレる。いくら、内緒だと徹底してもボロを出してしまう物だ。ボロは出さなくても、院長ならば簡単に見抜いてしまうことだろう。何度もリュックの中身を確認し、玄関に出た。
「行って来まーーす!」
「はい。行ってらっしゃい。楽しんでいらっしゃいよ」
子供達が勇んで歩き出す。そんな光景を微笑ましいと思う反面、やれやれだと思う自分がいた。近くのバス停に着き、殆ど待たずに、丁度バスが来て、乗り込んだ。休みの午前中のバスであるので人も疎らであった。
「俺がボタン押すんだからな!」
既に誰が押すのかじゃんけんで決めていたので降車ボタンに手を置いて他人に押されないようにしていた。
「次は終点、多摩駅、多摩駅ー」
ビーッ!
アナウンスが流れ、透かさずボタンを押すのだが、終点なのだから別に押す必要はない。
「おじちゃん!ありがとう!」
「ありがとうございましたー!」
「あ、ああ・・・またのご利用お待ちしております」
バス停で降りる際に、子供達が一際大きい声でお礼を言って降りていく。ただ、運転手はそのような子供たちの声が苦手なようでぎこちない笑顔をしていた。バスを降りたら今度は電車に乗る。切符を買う機械にやって来て券を買う。
「大人1人、子供2人ボタンで一度買って、次に子供3人ボタンで買って、子供一人の分と言う風に3回で買うんだぞ。出来るか?お前たちに?」
その券売機は一度に買う事が出来るのは子供含めて3人までであるので、7人買う場合は3回に分ける必要があった。
「出来る!」
「馬鹿にすんなよ!」
「よし!ならやってみろ!」
一道がお金を入れて、大人1人、子供2人ボタンをまず押す。それからお金が表示されるのでそのボタンを押す。子供達はドキドキしていた。お金は大切な物だと叩き込まれているからだ。というよりも、お小遣いなんて物がない彼らだから自然と身についていくものである。そしてちゃんと購入する事が出来た。
「ようし!買えたーー!」
「まだ安心するにはまだ早い。まだ買う切符は残っているんだぞ」
無事、切符を買い終えたら、改札を抜け、ホームに行く。ここまでは順調であった。しかし、予想も付かない事を言い出すのが子供達でもある。
「いちどー!おしっこ!」
最年少の小鈴がいきなり言い出したのだ。ホームの時計を確認して一道は焦った。
「何?おしっこだと!?ここに来る前に言えよな。ホームで5分も待っていたじゃないかよ!くそぉ・・・電車が来るまで4分しかねぇ・・・ギリギリで間に合うか?ようし!お前たちここで待っていろ!もし電車が来ても俺達が戻ってくるまで乗るなよ!」
「はーい!」
一道は小鈴をおんぶして猛ダッシュして走る。女の子であるが、幼稚園児を一人、女子便に入れる訳にも行かないし、一道も一緒に入る訳にもいかないので男子便に入って、付き添った。
「おしっこ出して、お尻もちゃんと拭いたな?よし!」
またおんぶして走り出そうとすると小鈴がこう言った。
「ああ!いちどー!手を洗わないと汚い!」
「別にそんな事をこんな非常時に気にしなくたっていいだろ?後で洗えばいいんだよ!あとで!」
「でも、それじゃばい菌でお手手が腐っちゃう!」
小鈴が背中で暴れるので危うく落としてしまいそうになった。
「ああぁ!もう!誰だよ!そんな風に教えたのは!」
引き返して子供を持ち上げて、洗面所で手を現せて、猛然とホームに戻っていく。幼い子を背負った状態でのダッシュ、しかも階段を降りなければならず非常に危険であった。
「小鈴!口は閉じてろ!舌を噛むからな!」
階段は2つ飛ばしである。周囲の視線が気になる中、走っていくと電車が丁度ホームに来た瞬間であった。
「はぁはぁはぁ・・・何とか間に合ったな・・・」
と、息をつくのもつかの間・・・
「いちどー。俺もおしっこ行きたくなっちゃった・・・」
勝が少し申し訳なさそうに、言ったのだが既に電車が来てしまった状態である。一道も怒鳴った。
「は!?何でお前!今さっき言わなかったんだ!」
「だって、凄い怒っているように見えたから・・・あ・・・あの・・・」
泣きそうな顔をしている。涙ならまだ良いがそれが別物なら困るので一道はこの電車に乗るのをあきらめる事にした。
「分かった。分かった。じゃぁ、この際だからみんなで行こう。戻ってきた後にまた誰かがトイレに行きたいなんて言われたら敵わないからな」
『何の為に走ったんだよ。俺は・・・』
電車を一つ飛ばし、電車に揺られる事20分。ようやく目的地に着いた。駅前に動物園があって、歩いていく。周りには大勢の家族連れが歩いていた。受付に行って券を買って、一人一人に持たせる。
「門に行ったら、あのお兄さんに券を渡すんだぞ」
「こんにちわー!」
「はーい!こんにちわー!動物園へようこそー!楽しんで行ってねー」
券を切ってもらって入園した。パンフレットをもらって位置を確認する。
「全部の動物を見るにはこう通って、ここを行って、ここを曲がって、ここを行くって訳か・・・」
道順はパンフレットに書いてあったのでそれを追うことにする。まずは猿山があって、十数匹の猿がいた。
「猿!猿!猿だ!」
「でも、元気ないね」
「何か言ってみろ!おーい!猿、猿!」
猿は子供達の声に気にする事なく毛繕いやダラッとして動こうとはしなかった。
「つまんないの。次、行こ!次!」
『猿にしてみればこいつらの方が猿に見えるのかもしれないな・・・』
子供達を追って、走っていった。象やキリンやパンダは動物園の一番奥にある。動物園や遊園地などのアミューズメントパークは目玉が一番奥にある。皆、それを目当てに来ているのだから、取り敢えず奥まで来てもらい、それが終わったらついでに他のものも見てもらおうという所である。それでもそこまで行く途中にも動物達がいるのだからそれらを見ていく。
「ロバだってよ!ロバ!こんなに小さいのに100kgもあるんだってよ!」
各檻の手前には看板があって、その檻の中の動物の学名、分類、生息地や体重、大きさなどが書かれているが子供達はそんな事に興味は無い。興味が無いのもあるだろうが漢字で書かれている為にまともに読めないのだろう。興味が無い物に関しては無視してどんどん先を急ぐ。
「急ぎすぎるとコケるぞ!」
「俺はドジじゃないからコケないよーだ!」
「そうそう!」
大和が言うのを同調している子供達。
「そう言っていて、コケるもんなんだよ」
ゆっくりと後を追ったが、子供達は自分達が言ったように言ったとおり誰もコケる事無く歩いていった。
『なかなか出来た奴らだ』
それからペンギンや白熊、ライオンなど子供達お目当ての動物が増えてきて、子供達のテンションはいやが上にも上がってきた。
「腹減ってきたな。おーい!飯にするぞ!」
丁度、良いところに広場があったので持ってきたお弁当を食べる事にする。皆同じでおにぎり数個と玉子焼きやから揚げなどのいくつかのおかずである。
「あ!お前のおにぎりの中身、昆布だ!いいなー」
「お前だって、梅が入っているじゃないかー」
「ホラホラ。喧嘩はやめろ。そんなに中身が気になるんだったら割って取り換えっこしろ」
食後は持って来たお菓子を食べる。スーパーで売っていた100円以内の駄菓子ばかりである。それでも、おにぎり同様取り替えっこすると色々な味を楽しむ事が出来た。しかし・・・
「冷たくてオイシイ!」
ソフトクリームを舐めながら歩く家族連れ。見れば見るほど、旨そうに見える。それは子供達だけではなく一道自身にも思えてきた。
『みんなおごるほどの余裕はないし、非常用のお金をここで使う訳にもいかない』
例えば3個ぐらい買ってみんなで舐めるなんて事も出来なくは無いが、そんな一杯の掛けそばみたいな事をすれば惨めな気分になるだけである。全部買えるだけの金はあるがその後の生活費など非常に厳しくなる。
「よーし!午後の動物見に行くぞ!」
「おう!」
昼飯を食べ終えて、気分を切り替えて歩き出した。そして、象の広場という所に付いて、そこで行列が出来ていた。行列と言っても長蛇の列というほどではなく、先が見えるぐらいの小さい列だ。
「象に乗ろうか・・・」
象に乗るなんて看板が立っていたが言うまでもなく有料である。
「いいな・・・」
子供の一人が象の背中に乗っている子供を見てつぶやいた。一道もその声を聞き逃さなかった。
「子供1人500円?ちと高いよな・・・」
ソフトクリームであるなら最悪みんなで舐めあうという事も出来なくなかったが、これに関しては誰かが乗って誰かが乗れないなんて事は出来るものではない。5人で2500円。院長の予備のお金の他に一道は自分のお金を持って来ていた。3000円ちょっと持っていたが、1年後、施設を出た後の為にお金を貯めているのだ。極力、お金を使うのは避けたかった。それでも子供達の寂しそうな顔が見えた。
「よし!俺が奮発してやろう!」
「おお!すげぇ!いちどー!」
「やったやったやった!象に乗れるー!」
幼児2人は大喜びであった。それを見て、自分の判断は間違いではなかったように思える。
「ダメだよ!」
今回の子供達の中で最年長の千尋が止めた。
「大丈夫だって!気にするな。3000円ぐらい大した金じゃない。それにお前達を動物園に連れて行ったからって事で金をもらえるんだからな」
「お兄さん!子供6人、象に乗りますよ」
象の檻の前の受付にいた飼育員の人にお金を渡そうとした。
「じゃ!私、遊ばない!そうしたら2500円だもん」
「千尋!そんな事を子供が気にするなって」
「私も遊ばない。そうしたら・・・いくらだろう?良く分からないけど、お金が減るよね?」
今度は指を折りながらまどかが言って来た。
「まどか?別にいいって言っているだろ?気にせず遊べよ」
「じゃ、俺も遊ばなくて良いや」
「俺も俺も!」
「俺も乗ーらない!」
「太陽!勝!大和!お前たちもかよ!お前達は象に乗れる事を今喜んでいたじゃないか?千尋やまどかが言っているからって気にしないで乗れよ。な?」
「さっきは良かったけど、今は別に良いんだ。な?」
「おう!もう、象には興味が無いんだ」
「じゃぁ小鈴はいいだろ?」
最年少の4歳の小鈴に聞いた。
「私も乗らなーい」
最終的に誰も乗らないということになってしまった。
「じゃ、お前たちが乗らないというのなら俺が乗るがいいか?」
「いいよー!」
全員にそう言われて、小さなため息を吐いた。
「お前たちは・・・本当・・・馬鹿だなぁ・・・人が折角おごってやるって言っているのに聞かないなんて・・・」
心の内側から何かこみ上げてくるものがあった。物凄く熱い感じである。
「馬鹿なのはいちどーの方だ!俺たちにおごるなんて言い出してさ!」
大和が大きな声で言い出したのに続き、他の子供達もしゃべる。
「そうだよ。そんな私たちにおごってあげられるほどいちどー兄ちゃん。お金持っている訳じゃないのにさ」
まどかは笑ってしょうがないという顔をしていた。
「見栄張ったって誰も喜ばないよ」
千尋はこのメンバーの中で一番、年上なので世の中の事も分かってきている。
「自分のお財布が悲しくなるだけー!」
太陽は、積極的とは言わないが、しゃべる時は良く、みんなを見ていると思う。
「今度はトラを見に行こうぜ!」
勝はみんなの気を逸らすために元気良く言った。
「一道!楽しく行こうよー!笑って笑ってー!」
一番、幼い小鈴がいう事で、そうせざるを得ない雰囲気が出来上がっていた。
そのように言ってくる子供達に対して目頭が熱くなるような感覚する。
「本当、お前たちって、馬鹿だけど良い奴らだよなぁ・・・」
「くぁぁぁぁ・・・良い話だなぁ・・・優しい兄に気を使う子供たち・・・」
何と、飼育員の方が涙していた。それを見て、一道の涙は一気に引いた。
『見せ物じゃねぇんだぞ・・・』
そういう認識であった。テレビ等で泣くのは可哀想だという意識が働くからである。自分ではない人が厳しい境遇にあって努力していたり、誰かが優しくしていたり・・・それは逆に見れば自分たちは幸せだという気持ちであるように感じられるからではないかと一道は少々卑屈な考え方をしていた。
「分かりました!今回は特別にあなた方全員に、象に乗せて上げましょう!お金はいりませんから!」
「そういうつもりで言っていたんじゃないですよ」
「これは私の気持ちですからどうか遠慮なさらずに・・・」
「いちどー!タダだって!乗ろうよ!ねぇ?」
「いえ、結構です」
「ええー!!」
「どうして断るのです?子供達も残念そうじゃないですか?」
「俺達は入園料を支払って動物園に来て象を見られるんですよ。それだけでも幸せだと思いませんか?もし、タダで象に乗せるというのならば動物園に入る事さえ出来ないようなもっと貧しい人達を乗せてあげてください。それでは・・・」
一道は頭を下げて歩き出した。飼育員は唖然としてみていた。
「お前ら!行くぞ!」
子供達は象を何度か見るが、一道が歩みを止める事無く行ってしまうので残念そうにその後を追った。
「あーあ!せっかく乗せてくれるって言ったのに、いちどーのばーか!」
「そうだ!そうだ!いちどー馬鹿だよ!」
子供達のブーイングが一斉に始まった。
「黙れ黙れ黙れ。良く考えてみろ。俺たちは一生懸命生きているんだ。そこいらの人間と同じ人間なんだ。同情するって事は俺達を可哀想だって思っているからだ。別に俺は親がいないが俺を可哀想だなんて思ったことは無い。そこいらに歩いている人に対してお前達はタダで何かしてやるか?」
一道の説明に子供達の多くは黙ったが・・・
「私はタダでするよ!だって困っているんだもん!困っていたら誰だって助けてやるのが普通じゃないの?いちどー兄ちゃんはしないの?」
まどかが反論した。
「そんな事を言い出したらみんな困ってしまうな。ローン、ギリギリの奴が怪我をして治療費がかかってしまってローンを支払えなくなった。俺はそいつを馬鹿だと思う。人生、何があるか分からないのにギリギリの生活なんて送る事はどれだけ危険であるか?そんな事も分からない奴は馬鹿なんだよ・・・だから、俺は何があるか分からないからバイトをしてもあまり使わずお金を貯めているんだよ」
「じゃぁ、どうして、さっき奢ってやるなんて言ったの?」
「それは未来への投資だよ。後々お前たちが大きくなった時、あの時、動物園で象に乗せてやったよな?ってな。でも象に乗らないんじゃそれも出来なくなっちまったなぁ・・・ハッハッハッハ!」
一道は高らかに笑うが、いかにもわざとらしい。誰であれ嘘であると見抜くだろう。
象を見送った一道と子供達はまた動物を見ていく。すると、今度はタダで動物と触れ合える子供広場という場所があって、そこで遊ぶ事にした。おとなしいヤギやウサギや子犬などが放し飼い状態になっているのだ。子供達が恐る恐る動物を抱き上げてみた。
「暴れちゃダメだよ!いたたた!」
両方の後ろ足を持っているのでウサギや逆立ちしているような状態になってしまった。そのため、ウサギは暴れた。その際に、ウサギの爪が軽く刺さったような状態になっていた。
「可哀想ー!」
女子が太陽の持ち方を見て非難していたが太陽はどうしていいのか分からなかった。
「そんな事言われたって・・・」
「ダメダメ!そんな持ち方じゃ・・・」
飼育員の女性がやって来て、優しく教えてくれた。
「ここにいる動物達はそんなに怖くないの。しっかりと優しく抱き上げれば暴れたりしないの。怖がって片手で持ったりすると、動物の方も怖がって暴れたくなるの・・・動物は人間よりも感覚が鋭いから、こっちが怖いと思ったら、動物の方にも伝わるの。優しい気持ちで接してあげれば動物も安心して暴れる事なんてしないよ」
飼育員に抱き上げられるとさっきまで暴れていた動物が急に大人しくなって途端に可愛らしくなってきた。
「ほら・・・怖くないから、暴れないの。じゃ、今度は君がやってみて・・・」
さっきまで暴れてまだ、怖かったが、飼育員に渡されているのだから下手な取り方は出来ないから同じようにすると、ウサギは暴れずに大人しかった。
「さっきまでのウサギとは思えないや!」
「私にもやらせて!やらせて!」
「あまり、同じウサギさんだと疲れちゃうし、他のウサギさんも拗ねちゃうから他のウサギさんもみんな同じように可愛がってあげてね」
ウサギを優しく抱き上げて撫でてあげる子もいれば、追いかけて逃げるウサギを見てケタケタと喜んだりもする。勿論、飼育員の人に注意された。
「像に乗れなくても何だかんだで結構、楽しんでいるじゃないか?」
辛い立場にある子供達が笑っているのだから、来て良かったと思った。その広場の隣に小さなアスレチック場のようなところがあって、滑り台や梯子などで遊んで帰る事にした。
「ああー!楽しかった!」
「疲れた・・・眠い・・・」
「おいおい!寝るなよ!俺は誰もおんぶしてやらないからな!」
子供の一人ぐらいおんぶをする訳はないが、一人、おんぶなんかしてやるとみんなしてもらいたくなるのだから、誰一人としてさせる訳にはいかない。交通違反者は口をそろえてこういうのと同じだ。俺が捕まってなんでアイツは捕まらないのだと・・・一人見逃せば不平を言うものが出るものだ。全員同じように扱ってあげなければならない。
「ここまで来られたのだから歩けるさ。がんばれ!あと少しで我が家だ!」
眠くてもまぶたが落ちそうでも何とか揺り動かして起こして励まし、歩かせた。一道はそう甘くないのだ。
「ただいまー!!今日のご飯何ー?」
バタバタと子供達が家に入って行った。
「全く・・・ガキ共め・・・あんなに元気が残っているじゃねぇか?」
ぐったりして玄関でちょっと休みたくなったが子供達に年寄りだの言われるので、頑張って歩いていった。
「お帰りなさい。かずみっちゃん!ありがとう!」
「本当、疲れたよ。やっぱり子供は元気だねぇ・・・」
「かずみっちゃんだってまだ十分も若いのに?」
「もうダメだって。俺はもう歳だよ。歳!」
「そういう事を言われるとあなたの三倍も生きている私の立場がなくなるんだけどな」
一道に軽く睨みを利かせる院長は50代であった。それに気付いた一道は話を逸らした。
「そうだ。これ、非常時に使う予定だったお金」
封筒の封を切る事無く渡した。
「全く使わなかったの?使ってしまっても良かったのに・・・色々と使いたい場面はあったんじゃないの?」
「そりゃそうだけどね。使わなくて良かったんだよ。その封を開けずに済んだって事は非常事態が無かった事だからね。非常事態なんてもんはない方がいいよ」
「そうね。それじゃ、かずみっちゃん。お駄賃ね」
そう言って、財布から500円玉を取り出して手渡した。
「悪いね。みんなの交通費や入園料であなたに上げられるほどお金がないのよ」
「ありがとう。お母さん。でも、500円以上の物をもらったから良いんだよ」
爽やかに語る一道、それを見て、院長は微笑みながらこう言った。
「本当?この非常事態用のお金を1円も使わず渡したらこの現金をもらえるって密かに期待していたんじゃない?」
『やはりバレてたか!』
さすが長年、施設の院長をやっている人ではない。ただ、一道も少し芝居がかっていたという所もバレさせる要因なのかもしれなかった。
「あげたいのは山々なんだけど、お金が無いから・・・また今度ね」
また今度。この言葉に何度も騙された事か・・・それは誰もが知っている事だ。恐らく、一道は使わないだろうと見越した上で動物園にいかせたのだろう。でも、分かっていても、院長のこの言葉に反感を抱かなかった。皆、この施設の状態や院長の気持ちを理解しているからだろう。それから夕食を食べて、慶に今日の出来事を話し、眠った。
「象さん!象さんに会える!」
「ライオン!ライオン!ガオオオー!」
「はしゃぐのは良いが、誰か一人でも迷子になったらみんなが迷惑するんだからな。動物園に着く前に迷子になって、動物を見ることなく帰るなんて事もあるんだからな。みんな楽しく行って帰ってくるのが一番だろ?」
「はーい!」
「そうしたらどうすればいいのか?しっかり考えておけよ!」
「は~い!!」
返事だけはちゃんとする。いくらか心配はあるが子供たちの中でも小学生である年上の子供たちは年下の面倒を見るようにと言われているのでそれほど気にする必要は無いだろう。
「それではかずみっちゃん。お願いね。ここに、バス代と電車賃と入園料」
予め調べておいたらしく1円も違ってはいない。
「それと予備のお金」
子供達が何かあった時にと、多めにもらう。ただ、これは何も無ければ全額返さなければならないものだ。後々、院長は子供達に何かあったかと聞くので間違いなくバレる。いくら、内緒だと徹底してもボロを出してしまう物だ。ボロは出さなくても、院長ならば簡単に見抜いてしまうことだろう。何度もリュックの中身を確認し、玄関に出た。
「行って来まーーす!」
「はい。行ってらっしゃい。楽しんでいらっしゃいよ」
子供達が勇んで歩き出す。そんな光景を微笑ましいと思う反面、やれやれだと思う自分がいた。近くのバス停に着き、殆ど待たずに、丁度バスが来て、乗り込んだ。休みの午前中のバスであるので人も疎らであった。
「俺がボタン押すんだからな!」
既に誰が押すのかじゃんけんで決めていたので降車ボタンに手を置いて他人に押されないようにしていた。
「次は終点、多摩駅、多摩駅ー」
ビーッ!
アナウンスが流れ、透かさずボタンを押すのだが、終点なのだから別に押す必要はない。
「おじちゃん!ありがとう!」
「ありがとうございましたー!」
「あ、ああ・・・またのご利用お待ちしております」
バス停で降りる際に、子供達が一際大きい声でお礼を言って降りていく。ただ、運転手はそのような子供たちの声が苦手なようでぎこちない笑顔をしていた。バスを降りたら今度は電車に乗る。切符を買う機械にやって来て券を買う。
「大人1人、子供2人ボタンで一度買って、次に子供3人ボタンで買って、子供一人の分と言う風に3回で買うんだぞ。出来るか?お前たちに?」
その券売機は一度に買う事が出来るのは子供含めて3人までであるので、7人買う場合は3回に分ける必要があった。
「出来る!」
「馬鹿にすんなよ!」
「よし!ならやってみろ!」
一道がお金を入れて、大人1人、子供2人ボタンをまず押す。それからお金が表示されるのでそのボタンを押す。子供達はドキドキしていた。お金は大切な物だと叩き込まれているからだ。というよりも、お小遣いなんて物がない彼らだから自然と身についていくものである。そしてちゃんと購入する事が出来た。
「ようし!買えたーー!」
「まだ安心するにはまだ早い。まだ買う切符は残っているんだぞ」
無事、切符を買い終えたら、改札を抜け、ホームに行く。ここまでは順調であった。しかし、予想も付かない事を言い出すのが子供達でもある。
「いちどー!おしっこ!」
最年少の小鈴がいきなり言い出したのだ。ホームの時計を確認して一道は焦った。
「何?おしっこだと!?ここに来る前に言えよな。ホームで5分も待っていたじゃないかよ!くそぉ・・・電車が来るまで4分しかねぇ・・・ギリギリで間に合うか?ようし!お前たちここで待っていろ!もし電車が来ても俺達が戻ってくるまで乗るなよ!」
「はーい!」
一道は小鈴をおんぶして猛ダッシュして走る。女の子であるが、幼稚園児を一人、女子便に入れる訳にも行かないし、一道も一緒に入る訳にもいかないので男子便に入って、付き添った。
「おしっこ出して、お尻もちゃんと拭いたな?よし!」
またおんぶして走り出そうとすると小鈴がこう言った。
「ああ!いちどー!手を洗わないと汚い!」
「別にそんな事をこんな非常時に気にしなくたっていいだろ?後で洗えばいいんだよ!あとで!」
「でも、それじゃばい菌でお手手が腐っちゃう!」
小鈴が背中で暴れるので危うく落としてしまいそうになった。
「ああぁ!もう!誰だよ!そんな風に教えたのは!」
引き返して子供を持ち上げて、洗面所で手を現せて、猛然とホームに戻っていく。幼い子を背負った状態でのダッシュ、しかも階段を降りなければならず非常に危険であった。
「小鈴!口は閉じてろ!舌を噛むからな!」
階段は2つ飛ばしである。周囲の視線が気になる中、走っていくと電車が丁度ホームに来た瞬間であった。
「はぁはぁはぁ・・・何とか間に合ったな・・・」
と、息をつくのもつかの間・・・
「いちどー。俺もおしっこ行きたくなっちゃった・・・」
勝が少し申し訳なさそうに、言ったのだが既に電車が来てしまった状態である。一道も怒鳴った。
「は!?何でお前!今さっき言わなかったんだ!」
「だって、凄い怒っているように見えたから・・・あ・・・あの・・・」
泣きそうな顔をしている。涙ならまだ良いがそれが別物なら困るので一道はこの電車に乗るのをあきらめる事にした。
「分かった。分かった。じゃぁ、この際だからみんなで行こう。戻ってきた後にまた誰かがトイレに行きたいなんて言われたら敵わないからな」
『何の為に走ったんだよ。俺は・・・』
電車を一つ飛ばし、電車に揺られる事20分。ようやく目的地に着いた。駅前に動物園があって、歩いていく。周りには大勢の家族連れが歩いていた。受付に行って券を買って、一人一人に持たせる。
「門に行ったら、あのお兄さんに券を渡すんだぞ」
「こんにちわー!」
「はーい!こんにちわー!動物園へようこそー!楽しんで行ってねー」
券を切ってもらって入園した。パンフレットをもらって位置を確認する。
「全部の動物を見るにはこう通って、ここを行って、ここを曲がって、ここを行くって訳か・・・」
道順はパンフレットに書いてあったのでそれを追うことにする。まずは猿山があって、十数匹の猿がいた。
「猿!猿!猿だ!」
「でも、元気ないね」
「何か言ってみろ!おーい!猿、猿!」
猿は子供達の声に気にする事なく毛繕いやダラッとして動こうとはしなかった。
「つまんないの。次、行こ!次!」
『猿にしてみればこいつらの方が猿に見えるのかもしれないな・・・』
子供達を追って、走っていった。象やキリンやパンダは動物園の一番奥にある。動物園や遊園地などのアミューズメントパークは目玉が一番奥にある。皆、それを目当てに来ているのだから、取り敢えず奥まで来てもらい、それが終わったらついでに他のものも見てもらおうという所である。それでもそこまで行く途中にも動物達がいるのだからそれらを見ていく。
「ロバだってよ!ロバ!こんなに小さいのに100kgもあるんだってよ!」
各檻の手前には看板があって、その檻の中の動物の学名、分類、生息地や体重、大きさなどが書かれているが子供達はそんな事に興味は無い。興味が無いのもあるだろうが漢字で書かれている為にまともに読めないのだろう。興味が無い物に関しては無視してどんどん先を急ぐ。
「急ぎすぎるとコケるぞ!」
「俺はドジじゃないからコケないよーだ!」
「そうそう!」
大和が言うのを同調している子供達。
「そう言っていて、コケるもんなんだよ」
ゆっくりと後を追ったが、子供達は自分達が言ったように言ったとおり誰もコケる事無く歩いていった。
『なかなか出来た奴らだ』
それからペンギンや白熊、ライオンなど子供達お目当ての動物が増えてきて、子供達のテンションはいやが上にも上がってきた。
「腹減ってきたな。おーい!飯にするぞ!」
丁度、良いところに広場があったので持ってきたお弁当を食べる事にする。皆同じでおにぎり数個と玉子焼きやから揚げなどのいくつかのおかずである。
「あ!お前のおにぎりの中身、昆布だ!いいなー」
「お前だって、梅が入っているじゃないかー」
「ホラホラ。喧嘩はやめろ。そんなに中身が気になるんだったら割って取り換えっこしろ」
食後は持って来たお菓子を食べる。スーパーで売っていた100円以内の駄菓子ばかりである。それでも、おにぎり同様取り替えっこすると色々な味を楽しむ事が出来た。しかし・・・
「冷たくてオイシイ!」
ソフトクリームを舐めながら歩く家族連れ。見れば見るほど、旨そうに見える。それは子供達だけではなく一道自身にも思えてきた。
『みんなおごるほどの余裕はないし、非常用のお金をここで使う訳にもいかない』
例えば3個ぐらい買ってみんなで舐めるなんて事も出来なくは無いが、そんな一杯の掛けそばみたいな事をすれば惨めな気分になるだけである。全部買えるだけの金はあるがその後の生活費など非常に厳しくなる。
「よーし!午後の動物見に行くぞ!」
「おう!」
昼飯を食べ終えて、気分を切り替えて歩き出した。そして、象の広場という所に付いて、そこで行列が出来ていた。行列と言っても長蛇の列というほどではなく、先が見えるぐらいの小さい列だ。
「象に乗ろうか・・・」
象に乗るなんて看板が立っていたが言うまでもなく有料である。
「いいな・・・」
子供の一人が象の背中に乗っている子供を見てつぶやいた。一道もその声を聞き逃さなかった。
「子供1人500円?ちと高いよな・・・」
ソフトクリームであるなら最悪みんなで舐めあうという事も出来なくなかったが、これに関しては誰かが乗って誰かが乗れないなんて事は出来るものではない。5人で2500円。院長の予備のお金の他に一道は自分のお金を持って来ていた。3000円ちょっと持っていたが、1年後、施設を出た後の為にお金を貯めているのだ。極力、お金を使うのは避けたかった。それでも子供達の寂しそうな顔が見えた。
「よし!俺が奮発してやろう!」
「おお!すげぇ!いちどー!」
「やったやったやった!象に乗れるー!」
幼児2人は大喜びであった。それを見て、自分の判断は間違いではなかったように思える。
「ダメだよ!」
今回の子供達の中で最年長の千尋が止めた。
「大丈夫だって!気にするな。3000円ぐらい大した金じゃない。それにお前達を動物園に連れて行ったからって事で金をもらえるんだからな」
「お兄さん!子供6人、象に乗りますよ」
象の檻の前の受付にいた飼育員の人にお金を渡そうとした。
「じゃ!私、遊ばない!そうしたら2500円だもん」
「千尋!そんな事を子供が気にするなって」
「私も遊ばない。そうしたら・・・いくらだろう?良く分からないけど、お金が減るよね?」
今度は指を折りながらまどかが言って来た。
「まどか?別にいいって言っているだろ?気にせず遊べよ」
「じゃ、俺も遊ばなくて良いや」
「俺も俺も!」
「俺も乗ーらない!」
「太陽!勝!大和!お前たちもかよ!お前達は象に乗れる事を今喜んでいたじゃないか?千尋やまどかが言っているからって気にしないで乗れよ。な?」
「さっきは良かったけど、今は別に良いんだ。な?」
「おう!もう、象には興味が無いんだ」
「じゃぁ小鈴はいいだろ?」
最年少の4歳の小鈴に聞いた。
「私も乗らなーい」
最終的に誰も乗らないということになってしまった。
「じゃ、お前たちが乗らないというのなら俺が乗るがいいか?」
「いいよー!」
全員にそう言われて、小さなため息を吐いた。
「お前たちは・・・本当・・・馬鹿だなぁ・・・人が折角おごってやるって言っているのに聞かないなんて・・・」
心の内側から何かこみ上げてくるものがあった。物凄く熱い感じである。
「馬鹿なのはいちどーの方だ!俺たちにおごるなんて言い出してさ!」
大和が大きな声で言い出したのに続き、他の子供達もしゃべる。
「そうだよ。そんな私たちにおごってあげられるほどいちどー兄ちゃん。お金持っている訳じゃないのにさ」
まどかは笑ってしょうがないという顔をしていた。
「見栄張ったって誰も喜ばないよ」
千尋はこのメンバーの中で一番、年上なので世の中の事も分かってきている。
「自分のお財布が悲しくなるだけー!」
太陽は、積極的とは言わないが、しゃべる時は良く、みんなを見ていると思う。
「今度はトラを見に行こうぜ!」
勝はみんなの気を逸らすために元気良く言った。
「一道!楽しく行こうよー!笑って笑ってー!」
一番、幼い小鈴がいう事で、そうせざるを得ない雰囲気が出来上がっていた。
そのように言ってくる子供達に対して目頭が熱くなるような感覚する。
「本当、お前たちって、馬鹿だけど良い奴らだよなぁ・・・」
「くぁぁぁぁ・・・良い話だなぁ・・・優しい兄に気を使う子供たち・・・」
何と、飼育員の方が涙していた。それを見て、一道の涙は一気に引いた。
『見せ物じゃねぇんだぞ・・・』
そういう認識であった。テレビ等で泣くのは可哀想だという意識が働くからである。自分ではない人が厳しい境遇にあって努力していたり、誰かが優しくしていたり・・・それは逆に見れば自分たちは幸せだという気持ちであるように感じられるからではないかと一道は少々卑屈な考え方をしていた。
「分かりました!今回は特別にあなた方全員に、象に乗せて上げましょう!お金はいりませんから!」
「そういうつもりで言っていたんじゃないですよ」
「これは私の気持ちですからどうか遠慮なさらずに・・・」
「いちどー!タダだって!乗ろうよ!ねぇ?」
「いえ、結構です」
「ええー!!」
「どうして断るのです?子供達も残念そうじゃないですか?」
「俺達は入園料を支払って動物園に来て象を見られるんですよ。それだけでも幸せだと思いませんか?もし、タダで象に乗せるというのならば動物園に入る事さえ出来ないようなもっと貧しい人達を乗せてあげてください。それでは・・・」
一道は頭を下げて歩き出した。飼育員は唖然としてみていた。
「お前ら!行くぞ!」
子供達は象を何度か見るが、一道が歩みを止める事無く行ってしまうので残念そうにその後を追った。
「あーあ!せっかく乗せてくれるって言ったのに、いちどーのばーか!」
「そうだ!そうだ!いちどー馬鹿だよ!」
子供達のブーイングが一斉に始まった。
「黙れ黙れ黙れ。良く考えてみろ。俺たちは一生懸命生きているんだ。そこいらの人間と同じ人間なんだ。同情するって事は俺達を可哀想だって思っているからだ。別に俺は親がいないが俺を可哀想だなんて思ったことは無い。そこいらに歩いている人に対してお前達はタダで何かしてやるか?」
一道の説明に子供達の多くは黙ったが・・・
「私はタダでするよ!だって困っているんだもん!困っていたら誰だって助けてやるのが普通じゃないの?いちどー兄ちゃんはしないの?」
まどかが反論した。
「そんな事を言い出したらみんな困ってしまうな。ローン、ギリギリの奴が怪我をして治療費がかかってしまってローンを支払えなくなった。俺はそいつを馬鹿だと思う。人生、何があるか分からないのにギリギリの生活なんて送る事はどれだけ危険であるか?そんな事も分からない奴は馬鹿なんだよ・・・だから、俺は何があるか分からないからバイトをしてもあまり使わずお金を貯めているんだよ」
「じゃぁ、どうして、さっき奢ってやるなんて言ったの?」
「それは未来への投資だよ。後々お前たちが大きくなった時、あの時、動物園で象に乗せてやったよな?ってな。でも象に乗らないんじゃそれも出来なくなっちまったなぁ・・・ハッハッハッハ!」
一道は高らかに笑うが、いかにもわざとらしい。誰であれ嘘であると見抜くだろう。
象を見送った一道と子供達はまた動物を見ていく。すると、今度はタダで動物と触れ合える子供広場という場所があって、そこで遊ぶ事にした。おとなしいヤギやウサギや子犬などが放し飼い状態になっているのだ。子供達が恐る恐る動物を抱き上げてみた。
「暴れちゃダメだよ!いたたた!」
両方の後ろ足を持っているのでウサギや逆立ちしているような状態になってしまった。そのため、ウサギは暴れた。その際に、ウサギの爪が軽く刺さったような状態になっていた。
「可哀想ー!」
女子が太陽の持ち方を見て非難していたが太陽はどうしていいのか分からなかった。
「そんな事言われたって・・・」
「ダメダメ!そんな持ち方じゃ・・・」
飼育員の女性がやって来て、優しく教えてくれた。
「ここにいる動物達はそんなに怖くないの。しっかりと優しく抱き上げれば暴れたりしないの。怖がって片手で持ったりすると、動物の方も怖がって暴れたくなるの・・・動物は人間よりも感覚が鋭いから、こっちが怖いと思ったら、動物の方にも伝わるの。優しい気持ちで接してあげれば動物も安心して暴れる事なんてしないよ」
飼育員に抱き上げられるとさっきまで暴れていた動物が急に大人しくなって途端に可愛らしくなってきた。
「ほら・・・怖くないから、暴れないの。じゃ、今度は君がやってみて・・・」
さっきまで暴れてまだ、怖かったが、飼育員に渡されているのだから下手な取り方は出来ないから同じようにすると、ウサギは暴れずに大人しかった。
「さっきまでのウサギとは思えないや!」
「私にもやらせて!やらせて!」
「あまり、同じウサギさんだと疲れちゃうし、他のウサギさんも拗ねちゃうから他のウサギさんもみんな同じように可愛がってあげてね」
ウサギを優しく抱き上げて撫でてあげる子もいれば、追いかけて逃げるウサギを見てケタケタと喜んだりもする。勿論、飼育員の人に注意された。
「像に乗れなくても何だかんだで結構、楽しんでいるじゃないか?」
辛い立場にある子供達が笑っているのだから、来て良かったと思った。その広場の隣に小さなアスレチック場のようなところがあって、滑り台や梯子などで遊んで帰る事にした。
「ああー!楽しかった!」
「疲れた・・・眠い・・・」
「おいおい!寝るなよ!俺は誰もおんぶしてやらないからな!」
子供の一人ぐらいおんぶをする訳はないが、一人、おんぶなんかしてやるとみんなしてもらいたくなるのだから、誰一人としてさせる訳にはいかない。交通違反者は口をそろえてこういうのと同じだ。俺が捕まってなんでアイツは捕まらないのだと・・・一人見逃せば不平を言うものが出るものだ。全員同じように扱ってあげなければならない。
「ここまで来られたのだから歩けるさ。がんばれ!あと少しで我が家だ!」
眠くてもまぶたが落ちそうでも何とか揺り動かして起こして励まし、歩かせた。一道はそう甘くないのだ。
「ただいまー!!今日のご飯何ー?」
バタバタと子供達が家に入って行った。
「全く・・・ガキ共め・・・あんなに元気が残っているじゃねぇか?」
ぐったりして玄関でちょっと休みたくなったが子供達に年寄りだの言われるので、頑張って歩いていった。
「お帰りなさい。かずみっちゃん!ありがとう!」
「本当、疲れたよ。やっぱり子供は元気だねぇ・・・」
「かずみっちゃんだってまだ十分も若いのに?」
「もうダメだって。俺はもう歳だよ。歳!」
「そういう事を言われるとあなたの三倍も生きている私の立場がなくなるんだけどな」
一道に軽く睨みを利かせる院長は50代であった。それに気付いた一道は話を逸らした。
「そうだ。これ、非常時に使う予定だったお金」
封筒の封を切る事無く渡した。
「全く使わなかったの?使ってしまっても良かったのに・・・色々と使いたい場面はあったんじゃないの?」
「そりゃそうだけどね。使わなくて良かったんだよ。その封を開けずに済んだって事は非常事態が無かった事だからね。非常事態なんてもんはない方がいいよ」
「そうね。それじゃ、かずみっちゃん。お駄賃ね」
そう言って、財布から500円玉を取り出して手渡した。
「悪いね。みんなの交通費や入園料であなたに上げられるほどお金がないのよ」
「ありがとう。お母さん。でも、500円以上の物をもらったから良いんだよ」
爽やかに語る一道、それを見て、院長は微笑みながらこう言った。
「本当?この非常事態用のお金を1円も使わず渡したらこの現金をもらえるって密かに期待していたんじゃない?」
『やはりバレてたか!』
さすが長年、施設の院長をやっている人ではない。ただ、一道も少し芝居がかっていたという所もバレさせる要因なのかもしれなかった。
「あげたいのは山々なんだけど、お金が無いから・・・また今度ね」
また今度。この言葉に何度も騙された事か・・・それは誰もが知っている事だ。恐らく、一道は使わないだろうと見越した上で動物園にいかせたのだろう。でも、分かっていても、院長のこの言葉に反感を抱かなかった。皆、この施設の状態や院長の気持ちを理解しているからだろう。それから夕食を食べて、慶に今日の出来事を話し、眠った。
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