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The Sword 第二話 (4)

2010-02-04 20:00:59 | The Sword(長編小説)
また同じような日常が流れていく。子供達が騒ぎ、友達が盛り上がり、うるさい奴はしつこく一道の前に現れ、授業は相変わらずという風な前の出来事が嘘だったように・・・和子の件も気にならなくなって来た。避けられている事は分かるが、元々、恋愛関係ではなかったのだし、それ以上、彼女に何かあったわけでもないし、これでよかったのだと思えるようになってきていた。いや、なるように思うしかなかった。そして、そう考えていくと、一道は一つの答えに至った。
「生活をしていく上で問題が無いのならこんな剣の事なんか忘れてしまっていい」
という事であった。今まで、光の剣の存在など知らなかったし、知らなくても生活できていたのだ。これからそうやって生きても何も変わらないだろう。それに未知の所に突き進んでいくというのは怖いものである。一道にそこまで冒険しようなどという事は思いつかなかった。
好奇心。それは時として身を滅ぼすものである。それを一道は本能的に感じ取っていたのかもしれない。ただ、未知の物を解き明かし、分からない所に踏み出すという事は後の事を考えれば決して価値が無い訳ではないのだ。例えば、地球が丸いなどという事を知らなかった時代。海の向こうには崖があると信じられていた。そこに行ってみようと思う事は狂気であろう。しかし、そんな中で行って帰って来た者がいるからこそ、新しい世界があるとして開けたのだ。それを否定すべきではない。一道は光の剣の事について忘れる事にした。

立ち止まっていた一道であったが、吹っ切れた事によって前に踏み出す事が出来た。集中力も回復し、バイトもミスする事は無くなって来た。少しずつではあるが光の剣に目覚める前の元の生活に戻ろうとしていた。ただ、決して戻らないものもあるのが、それについては諦めるほかない。それから10日あまりが経過した。自分でも本調子になってきたと実感してきた。
「おう!いちどー!たまには一緒に帰らないか?」
クラスが違う慶が声をかけてきた。
「一緒に帰るってお前、今日バイトだろ?」
「今日は、お店が臨時休業なんだとさ。だから丁度いいだろ?たまには一緒に帰るのもよ」
慶は小さな飲食店のアシスタントを行なっている。彼もまた一道同様、今後の為にお金を稼いでいるのである。彼の仕事は簡単に言ってしまえば雑用である。料理を盛ったり、レジを打ったり、掃除をしたりという具合である。
「へぇ・・・じゃぁ俺も断る理由も無いし、帰るか?」
歩き始めた二人、小雨が降っていたが傘を差すほどではなかったので、そのまま気にせず歩いていた。
「それにしてもその光の剣について何か分かったり思い通りに出せるようになったりしたか?」
「もういいんだよ」
「もう、いい?」
「そうだ」
「何だよ。折角使える特技なんだろ?もう良いだなんて勿体無いな。俺なら・・・うおっ!雨が強くなってきやがった」
小雨が本降りになってきた。今日は、天気予報で雨という事を言っていたので一道は折り畳み傘を取り出して差した。一緒に入るという事はしない。仲が良いという事で相合傘なんてすればあらぬ噂が立つ事を招く。しかし、昔の日本人ならこの場で気まずいと感じ、傘を持っていても差さず、共に濡れるなんて事をする事があったというが、そうすると逆に申し訳ないという事で、気にするなというのが二人の中で暗黙の了解となっている。
「長引きそうだな。雨宿りしてもしょうがない。さっさと帰るか?」
「そうしよう」
光の剣の話は途切れ、普通に歩いていては慶が風邪を引くだろうという事で足取りを速めた。その直後、前から一人の女性が慶と同じく濡れながら歩いていた。気の毒だななんて思っていた。こちらを見ると同時になんとその女性は走ってきたのだ。
「何だ?あの女。気持ち悪いな・・・ん?手から・・・何だ?」
慶には明らかにその女の挙動がおかしいと思えたので少し身構えた。
「お、お前!見つけたぁぁぁぁ!」
「ぬ!?危ないいちどー!」
慶は一道を突き飛ばした。そのまま剣を出した女に慶が斬られた。突き飛ばされた一道は無傷であったが転倒した。雨が降ってきていたので転がった一道は水たまりに派手に落ちた。水を巻き上げてびしょ濡れになっていた。女は持っている手を緩めずそのまま一道を斬ろうと走ってきた。手から伸びた剣が横に凪いだ。偶然持っていた傘を向けるとそれが盾となってくれたようで、女から伸びた光の剣は一道に当たらなかった。そのまま回転しながら立ち上がった。
「慶!生きているか!?」
「うう・・・だ、大丈夫だ」
斬られた慶の体からは和子や少年の時と同じ何か出ているが、手で押さえている為に放出している量は少ない。それに慶は倒れず立っている所から見ても死ぬ事は無いだろうと思えた。
「アンタ!一体何の真似だ!俺はアンタの事なんか知らん!人違いだろ!」
「うるせぇぇぇぇ!お前は死ねぇぇぇぇぇ!」
一道は慶が斬られて怒りが爆発しても不思議ではなかったのだが憎悪に染まりきった声で一道を威嚇し、物凄い形相をしているのを見て一道は圧倒された。何故ならその顔は醜悪でもはや女性と言えるようなものではなかった。まさに鬼そのもののように思えた。大振りの剣は一道に完全に見切られ、かすりもしない。しかし、後ろに避けてばかりでその後ろには道路があった。車通りは少ない物の急に飛び出してくる恐れがある道路であるのであまり出たくはないところであった。相手が人違いをしているのなら安易に攻撃すべきではないと思えた。この女性も剣道をやっている一道からしてみれば素人のように見えた。それに女性という事もあるのか雨が降っているせいか攻撃は前の少年よりも遅い。しかし、殺意に満たされた彼女からは憎しみのオーラのようなものさえ感じられた。それは身震いするほど恐ろしかった。
「やめろと言っているだろうが!」
剣をぶん回しているがまるで当たらない。何度も続けている為に、勢いも少々、衰えてきた。その瞬間を狙って一道は彼女の腕を取った。
「離せ!離せ!離せぇぇぇぇ!お前を殺させろ!」
女が叫ぶが雨の音にかき消されているのか、周囲の人が集まってくる事はなかった。
「いい加減しろよ!何で俺がアンタに殺されなければならないんだ!俺がアンタに何かしたってのか?」
「お前が!お前が洋ちゃんを殺したぁぁぁ!!」
「洋ちゃん・・・だと?」
先日、剣で斬った少年の家族ではないかと思われた。少年の顔は暗くて良くは見えなかったが何となく顔立ちが似ていなくも無いと思えた。そう考えた瞬間に力が緩んだのか女性が思い切り体を振りほどいたのか一道の手から離れた。
「アンタはあの少年の姉貴か?」
「私の洋ちゃんを・・・私だけの洋ちゃんをアンタは奪ったぁぁぁぁ!」
彼女は質問に答えないが、怒りの加減を見て間違いないだろう。そして、あの少年はやはり一道の剣を受けて死んだのだろう。
「敵討ちという訳か・・・だが、アンタの弟が何をしていたのか知っていたのか?」
「知っているよ。女の子を襲っていたんでしょ?」
「知っている?だが、殴る蹴るじゃないんだぞ!犯そうとしようとしていたんだ!何の罪もない女の子をレイプしようとしていたんだぞ!しかも普通の人間には見えない剣を使って相手を傷つけた上でだ!そんな卑劣な事を弟はやっていたんだぞ!姉であるアンタは何とも思わないのか!」
和子が斬られる所を直接は見ていないが、一道が斬った時に同じ物を放出したのだから和子を斬ったのは間違いないだろう。
「フン!どうせそいつはカワイイ女だったんでしょうが!だったら洋ちゃんに犯されればいいのよ。一度や二度ぐらいやられたって死ぬ訳じゃあるまいし・・・そんな事より、お前は・・・洋ちゃんを殺したお前は・・・もう二度と帰ってこないだろうがぁぁぁぁ!」
バチッ!
一道の中で何かが弾けるような気がした。火花のようなものだろうか?
「何だと!?許せねぇ・・・弟も馬鹿弟なら姉貴も狂った姉貴だな!」
「洋ちゃんを侮辱するお前は絶対に殺すぅぅ!」
再び、剣を大上段に構えて切りかかってきた。大上段からであった。胴ががら空きであった。素人の大上段はまさに倒してくださいと言わんばかりの攻撃であった。何か心が不思議なほどに高揚していると感じられる。剣を出せると感覚的に分かった。
「死ッ!」
バヂヂヂヂィ!
弟と同様に死ねと言わせる前に一道は左手から剣を出した。女の剣を防いだ。それと同時に一道は右手からもう一本の剣を出した。その瞬間を女は見たと同時に彼女の体は一道の右手の剣に斬られていた。

『お父さん。やめてよ!痛いよ!気持ち悪いよ!』
見知らぬ中年の男が裸でいた。それを見たと思うや場面が飛んだ。
『私達が何したって言うの!?みんな大人なんか大嫌いだよ!大嫌いだよ!』
2人の兄弟を囲んで下卑た視線を向けてくる大人たちがいた。そしてまた場面が飛ぶ。

『洋ちゃん。大好きだよぉぉ・・・』
そこには、隣には裸で横たわる弟がいた。

『な・・・何だ?今のは・・・うううぅぅ・・・き、気持ち悪ぃ・・・』
光の剣で斬ってから嫌悪感に全身を支配された。体が硬直し、手足が震えていた。金縛りに近かったが、そのこみ上げてくる不快感に一道は固まってしまった。
「やったな!お前ぇぇぇぇ!」
女は怒り狂っていた。先ほどの一道の斬りは深くは無く、極めて浅めであった。どれだけの深さで死ぬか大怪我になるのかなど、経験がない一道には分からないからだ。誰だってそうだろう。殺人事件の場合、例えば殴り殺しや滅多刺しなど明らかに死ぬのにもかかわらず相手がどれだけで死ぬという事が分からないから度を越した残虐非道で悲惨な行為が後を絶たないのだろう。錯乱状態にあるというのも一つの要素になっているだろうが・・・
だから、傷の浅い女はまだまだ元気のようである。しかも斬られた事により更に逆上させてしまった。彼女は再び、剣を振りかざし迫ってきた。
「ううぅぅ・・・」
一道の手からは剣が消えうせていた。体の嫌悪感はまだ消えていず、とても戦えるような状態ではなかったのだ。
「お前はここで私に!」
「いちどぉぉぉぉぉ!!」
そこへ、慶が飛び出して来た。慶の手からは剣が伸びていた。慶から伸びたその剣は女の体に突き刺さっていた。彼女は予想外の事に避ける事など出来ずそのまま倒れこんだ。予想外と言うよりも仇である一道しか見えておらず慶の存在など頭の片隅にも無かったのだろう。女の体からは勢い良く霧が吹き出ていた。
「ああ・・・仇を討てなかったよ・・・洋ちゃ・・・ん・・・でもね。今、お、姉ちゃん、行くからね・・・待っ・・・」
女はそのまま倒れこんで動かなくなっていた。
「お、おい・・・一道・・・俺・・・今・・・何か・・・出た・・・」
慶の手から剣が消失し、膝を地面に付きガタガタと慶は震えていた。
「くくぅぅ・・・おぇぇぇぇええ!」
一道の嫌悪感は最大に達し、その場で嘔吐した。それは、一道の中にある悪いもの全てを吐き出しているようにも見えなくも無かった。雨は彼らを濡らし、暫く降り続いた。



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