![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/14/f8/0ee83cdd60e3288f258964ac1eb66203.jpg)
多数の応募者から・・・
昨日も折りたたみ式キャスターワゴン、汎用キャスタワゴン、食卓用椅子、Webカメラ、大正琴を無料広告をしたら、多数の応募者からお問い合わせがあり、深夜及び朝早くからとメッセージのやり取りで大変でした。
いずれも、きょう、明日中に引き取りされる予定です。無料で差し上げても有効に使っていただければ、SDGsに(世界共通の持続可能な17の開発目標)に貢献できると思います。
断腸の思いで捨てる
中には高価なもの、真新しいものなどが沢山あり、思い出も多く捨てるに忍びないものばかりです。
先に親父の新品のスーツも3セットもゴミに出しましたが、どんなに銘板がついていても、誂え物であっても名前の刺繍があると、リサイクルショップでは無料でも引き取ってもらえません。
写真のカシミヤの高級オーバーコートは highdy のものですが、数回しか袖を通していません。いまどきこんなコートを着る人も少ないし・・・。昨日もお袋の葬式で1度しか書いたことのない親父の喪服をゴミに出しました。
正に、断腸の思いで捨てるものばかりです。
昨日も折りたたみ式キャスターワゴン、汎用キャスタワゴン、食卓用椅子、Webカメラ、大正琴を無料広告をしたら、多数の応募者からお問い合わせがあり、深夜及び朝早くからとメッセージのやり取りで大変でした。
いずれも、きょう、明日中に引き取りされる予定です。無料で差し上げても有効に使っていただければ、SDGsに(世界共通の持続可能な17の開発目標)に貢献できると思います。
断腸の思いで捨てる
中には高価なもの、真新しいものなどが沢山あり、思い出も多く捨てるに忍びないものばかりです。
先に親父の新品のスーツも3セットもゴミに出しましたが、どんなに銘板がついていても、誂え物であっても名前の刺繍があると、リサイクルショップでは無料でも引き取ってもらえません。
写真のカシミヤの高級オーバーコートは highdy のものですが、数回しか袖を通していません。いまどきこんなコートを着る人も少ないし・・・。昨日もお袋の葬式で1度しか書いたことのない親父の喪服をゴミに出しました。
正に、断腸の思いで捨てるものばかりです。
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![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/34/78/062030a2e7332d281a5a42423bc571b0.jpg)
オーバーの隣にある白衣(自宅にも何枚か残っていますが・・・)も、現役時代に全国の医薬品工場、食品工場、講演会、はたまた外国の展示会などで使用、highdy がソ連の有名紙のトップ画面を飾ったこともあり、沢山の思い出が詰まっています。
でもね、これから棺桶が近くなって利用することもないので、捨てることにしました。
親父やお袋の新品の下着や靴下・ストッキングも多数ありましたが、この手の物は貰ってくれる方はまずありません。親族でも体形や寸法が合わないと難しいです。
とにかく多過ぎて・・・
古い家でもあり親父は物持ちが良すぎて、古い物が捨てられない(ある意味、物を大切に扱うことは良いことですが)性格だったので、highdy を含めて3人家族なのに家財があり過ぎです。財とは言えず遺った者にとってはゴミだらけです。
部屋は7つしかないのに洗面所は2か所、趣味の工作室など、いろんなところから集めてきたら、驚くべき数字になりました。
古い家でもあり親父は物持ちが良すぎて、古い物が捨てられない(ある意味、物を大切に扱うことは良いことですが)性格だったので、highdy を含めて3人家族なのに家財があり過ぎです。財とは言えず遺った者にとってはゴミだらけです。
部屋は7つしかないのに洗面所は2か所、趣味の工作室など、いろんなところから集めてきたら、驚くべき数字になりました。
極めつけが、布団約30枚、毛布15枚余り、扇風機 9台、電気ストーブ10台、工作用のペイント缶2L~100ccまで40数缶、ハエや蚊を退治する○○キラー・園芸用の殺虫剤、LPガスなどスプレー缶が50缶以上、布団カバーや枕、シーツを含むと膨大な量であきれてしまいます。
器用な親父手作りの木工製品も裕に30個を超える有様で、電動工具や大工・左官用道具、農機具等々悲鳴が出てしまいます。
お蔭様で犬のブリーダーや近くのご老人に布団と毛布は、無料譲渡で 1/3 に減りました。テレビも大昔の大型テレビは、一人では動かせません。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/03/9c/f20762ed8b6b28f5d6ebf532923f69f0.jpg)
3回に分けて・・・
紫陽花も最近障がい者となってしまった弟や友人や知人のご主人のご不幸も重なったり、いろいろ事情があり大変気にしてくれてはいますが、応援もできない状態でなので、廃棄物処理業者さんにも3回に分けて来てもらう段取りになっています。
紫陽花も最近障がい者となってしまった弟や友人や知人のご主人のご不幸も重なったり、いろいろ事情があり大変気にしてくれてはいますが、応援もできない状態でなので、廃棄物処理業者さんにも3回に分けて来てもらう段取りになっています。
さて、間もなく次の来客もあるので、ブログはこの辺で。
お客様に無料で差し上げるとは言え、きれいな気持ちの良い品物にするため、きれいに清掃をしておきます。
お客様に無料で差し上げるとは言え、きれいな気持ちの良い品物にするため、きれいに清掃をしておきます。
本日もご来訪いただきありがとうございました。
スマホでどうぞ
思い出がいっぱい詰まった物の処分は、一つ一つが気もちの整理でもありますからなおさらです。
でも、物を最大限活用されるようにというhighdyさんの奮闘は、いわば心のSDGsではありませんか。私たちもお手本にせねば(^.^)
私もよく言えば「物を大切に使う」「物持ちが良い」「再利用を考える」など、ものを捨てられないタイプですが、highdyさんの記事を拝見し、もうそろそろ考えなければいけないのかもしれない・・と思いました。
もちろんhighdyさんに比べるとその数量は微々たるものですが、遺されたもののことを考えるという視点にたつとやはりその覚悟やそのための準備などが必要なのでは・・と言うことで・・・。
我が家のSDGsは、一般の方があまりされないほど徹底しています。
野菜くずを家庭菜園に持って行ったり、風呂の残り湯をを洗濯の一次洗いに使うなど朝めし前のこと。メダカの水替えの水は下水に流さず庭に撒き、足を鍛えるために、風呂の残り湯をペットボトルに詰めて2階のトイレの流し水にするなど、日常生活すべてがSDGsです。
SDGは、単なる「ケチ」とは違って、物を大切に使えば、誰かがその分助かります。みんなですれば大きな効果を生みます。
そして余分にお金が余れば、それらをいろんなところに寄付(少額ならぬ笑額ですが・・・)していますので、二重の効果を生んでいることになっていると思います。
Shima さん、早いに越したことはないと思います。
我が家の場合、子供がいません。従い、後片づけ手伝ってくれる人がいません。
夫婦でお互いに大変な思いをしないように、どちらが先に逝ってもいいように考える必要があります。
私が元気なうちに私の実家を片づけておかないと、もし私が先の場合、紫陽花は見ず知らずの土地で大変に苦労すると思われます。
紫陽花が先の場合、実家を弟が継いで2階に住み、3階に兄のお嫁さんや娘さんが住んでいます。1階は貸し店舗(現在は空室)と共有部分であり、私には何の負荷もかかりません。
物が多くなると管理が行き届かなくなって、同じものが幾つも出てきます。
自分の物はある程度自分で処分していかないと、次の世代が大変です。故人の思い出が絡むとさらに捨てにくくなります。
都会の方が言いました。家賃が高いのに使わないものまでためこめませんと。なるほどと思いました。
他の方に譲るなど、有効利用していらしてえらいです。頑張ってくださいね。
ご紹介、ありがとうございました。
お互いの自由投稿を認め合う、ブログ交流、いいものですね。
応援ポチ(全)。
そうですね、なるほど。
確かに、都会に住む方に比べ、田舎の場合は敷地も家の広さに余裕がありますね。
その分管理が行き届かないことも多いです。さらに老齢化によって、置き場所もあるので買い置きしていたことを忘れているのではないかと思われます。
正に仰る通りです。封を解いていない、値札のついたそのままの物が出て来ます。私達では考えられないほど、次々に同じものが出て来ます。
ケチではなく、勿体ないので、タダでもいいから有効利用をしていただこうと頑張っています。
リコメの順番が間違ってすみません。
いやいや、日頃そのように言っても、人間も生き物ですから、イザという時に「物と命のいずれをとるか」という場合には、本能的に命を優先させるものです。
「執念深い」ということは、一般的に良い意味にとられることは少ないですが、見方を変えれば、ある意味良いこともあり、「粘り強い」性格と考えれば必ずしも悪いことばかりではないと思います。
コメントをありがとうございます。
結婚以来、家内もある程度私に同化して、昔は「こんなものは、捨てたら?」と言っていたのが。「これは何かの役に立つかも?」が多くなったような気がします。
私が普通なら捨てるものを保管していて、何かを修理するときや、つくるとき、「これはあの端材だよ!」とか、「これはあの部品だったものだよ!」という場面が多いからです。
将来の可能性をしっかり考え、取捨選択が必要だとつくづく感じました。このような機会に遭遇して、自分を反省しています。