母に裏切られた気持ちになったことは数知れなくて、幼い頃の記憶でいくつか、今でも胸が痛み何とも表現できない気持ちになる記憶がある。
筆頭は、置いて行かれた記憶で夏休みの思い出、7歳頃、恒例の親戚合同の海水浴で、足を大怪我していた私は当然のことながらお留守番だった。(父母の中では決定事項だったのだろう)どうしても行きたくて言葉を尽くして母に取りすがり許可を得た、しかし私が忘れ物を取りに部屋に戻った隙に無情にも車は出発したのだ、父母と兄と妹を乗せた車からは笑い声が聞こえた。
エンジン音がして不吉な予感に大急ぎで駆け戻った私は、必死で「待って!!待って!!」と声を出しながら縁側から居間の窓辺へ駆け寄り、玄関に裸足で飛び降り、さらにコンクリートの庭先へ出て車道まで走った「待ってー!!!置いていかないでーー!!」何度も叫んだ。コンクリートの地面はゴツゴツして痛かったし、玄関に裸足で飛び降りる時はルールを破ることに一瞬ためらいがあった、治りつつあった足で走ることは怖かったし痛かった。車は遠くの十字路を曲がりそして橋を越える、家族が乗った白い車が見えなくなるまで、呆然とただ見ているしかできなかった。
後方に私を託されたであろう祖父がいた、裸足を窘めらそうで怖くなり、顔を見ずにすぐに部屋に戻った、たとえ祖父でも惨めな私を見られたくはなかった。ベッドと襖の陰になった部分で隠れて泣いた、声が漏れないよう必死になって口を押さえたけれど、涙と鼻水でヌルヌルした手は気持ち悪くて、惨めで惨めで涙は止まらなかった。嘘を付かないでほしかった、私の目をきちんと見て説明し納得させてほしかった、騙し討ちのように出かけられたことがショックだった。
祖父は私に、半分に切った棒アイスを皿に乗せて差し出した、いつもは言葉少なくやさしい言葉をくれない祖父が、本当は不器用な優しい人だと気づいた瞬間だった。
何十年も経過し、自分も母となり、あの時の母の状況を慮ることもできなくはないが、私は今でも母に不信感と絶望を抱いた「あの瞬間」を忘れられないでいる、こうして書き起こしていても涙が込み上げてくるし、哀しかったと身を絞られる心地がしている。
もしかしたら、こういった体験の一つ一つが自分への不信感や生き辛さに繋がっているのかなと考えている、そしていつかきっとこの気持ちを越えていくと決めている。