幸せになる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教えII | |
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ダイヤモンド社 |
前回の嫌われる勇気から3年後を想定してアドラー心理学を実際に実践する中での問題点と幸せになるために取捨選択すべきポイントをまとめた完結編です。
前回に引き続き興奮した青年と哲人との対話形式で非常に読みやすい内容でした。そこでのポイントとしてはすべての悩みは人間関係からくるものであり、自身の課題、他人の課題を明確にし、自らの課題に集中せよというところだったと思います。 そのためには嫌われる存在にもいとわないべきだというのが本のタイトルにもあった「嫌われる勇気」でした。この言葉が先行してしまうと自分のことを中心にやり遂げるという自己中心的なような思想にも聞こえます。ただそれには勘違いがあり、アドラー心理学を実践するには勇気を持った選択が必要である=常に他人を尊敬し、関心ごとに目を向けて共感し、貢献し、愛するというのが大きなポイントです。
青年は教育者としての道を歩み始めたのですがそこでアドラー心理学で言われる「叱っていけない、褒めてもいけない」を実践して教育がうまくいかないという事実に直面します。なぜ叱ったり褒めたりすることを否定するのか?それは他人の承認を得るためだけに生徒が競争し始めるからということです。(称賛の要求>注意喚起>権力争い>復讐>無能の照明)つまり最終的な問題行動とやらは結局、いさめようとする教育者の方に向かってしまうわけです。教育の本質は非教育者が「自立すること」「社会と調和して暮らせること」ということと考えれば先生のおかげで・・・ということでなく如何に生徒が「自分の力で・・・」と思えるようになるかがポイントになるわけです。
アドラーは資源が有限である以上人間は一人では生きて行けない、共に生きるための手段が分業なのだという思想を持ちました。であるからこそ尊敬し、貢献しなければいけないわけです。その尊敬、貢献の根本にあるのが愛ということになります。
つまりはこういういい方で良いのかというのはありますが自分の人生を生きるという自己中心性を愛を通じた貢献をベースにすることで他者への貢献にしあわせを見出す自分中心の人生ということになります。他者の評価を人生の糧にしないといった意味で自己中心的なのですがベースとしては他者を尊敬するボランティアに近い精神が必要なわけです。
すべて自ら与えることをベースにするのでこういった価値観/考え方に移行することが出来るか?というのが大きなポイントで中々実践出来ないのが実際のところでしょう。であるからこそ多くの人を魅了するのだと思います。
アナと雪の女王は「真実の愛」をテーマにした物語でありますがこの本を読んで浮かんできたのがこのオラフのセリフ
True love is putting someone else before yourself. = 真実の愛とは誰かを自分自身より優先することだよ。
愛とは与えられるものでなく無償で与えるものなのですね。
自分にはその勇気があるか? まだその境地には達せられていないように思います…
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