2012年12月に十八代目中村勘三郎が急逝して以来、早すぎる旅立ちや、どうにも納得できないお別れが続くように感じる。翌2013年2月には十二代目団十郎、そして今年2月には十代目坂東三津五郎である。これからいよいよ芸の花を咲かせようかと思っていたところに、突然「持っていかれ」てしまい、呆然として涙も出ない。年齢がじゅうぶんならいいかというと必ずしもそうではなくて、たとえば今年4月には、中村屋を四世代にわたって支えつづけた中村小山三が94歳で先代、先々代のところへ逝ってしまった。たしかに長生きをされ、最後まで現役を貫いた大往生である。しかし、「小山三さんは、ずっといてくださる」という思い込みがあって、いなくなることが想像できなかった。無意識に考えないようにしていたのであろう。
そして5月22日、演劇評論家の扇田昭彦さんが悪性リンパ腫で急逝された。今月中旬まで原稿を執筆しておられたが、体調不良で入院して一週間で逝ってしまわれた。信じられない、嘘でしょう。まだ74歳だというのに。
50代60代の歌舞伎の立役者が何人も亡くなったり病気休養することがつづいて、少々無理をしても歌舞伎をみておかねばという危機感を抱くようになった。役者も生身の人間であり、「毎月やっているから」と思っていると、ほんとうに見られなくなってしまうからである。
演劇評論家の場合、とくに扇田さんのように半世紀にわたって第一線で活躍されている人にはたくさんの著書がある。買っておいて「これはしっかり読み込んだぞ」と自信をもてるものは一冊もないから、これから一生懸命読めばいいのだが、それでも残念なのは、もう扇田さんの文章が読めないことだ。それに尽きる。専門用語をたくさん用いたり、学者のような言いまわしをせず、わかりやすい文章を書く方だった。朝日新聞という大看板であるから、その重責もあり、表現における枷、窮屈なこともあったかと察するが、扇田さんの場合、その立場を賢明に利用された(あくまでもいい意味で、ですよ念のため)と考えられる。
朝日新聞にアングラ劇や前衛劇、小劇場の芝居の劇評が出ていることは、現場の演劇人はもちろん、観客や、あまり演劇に縁がない人であっても興味を惹かれるものであったろう。
批評において、自分の視点をどこに置くかは非常にむずかしい問題だ。単純な好き嫌い、向き不向きではなく、とは言っても批評家も人間なのだから主観を完全に消しさることはできない。そこを好みの問題に陥らないよう、客観的な分析と考察を重ねて読み手が納得できるように導いていくニュートラルな視点が必要だ。しかしあまりに冷静に分析されるとものたりない気持ちになるのもたしかであり、扇田さんの文章には、ときおりご自身の心の動きが率直に記されていることがあった。
たとえば今はもうない白水社の「新劇」1986年8月号は、美内すずえの演劇漫画の傑作『ガラスの仮面』の特集号であった。扇田さんは「ありうべき演劇と求めて」と題する『ガラスの仮面』論を寄稿されている。林真理子氏のエッセイがきっかけでこの漫画を読みはじめ、「あまりのおもしろさにやめられなくなり、原稿執筆を中断して、ついに二晩徹夜して」一気に読んでしまったこと、つづきの巻を買うために書店へ走り、品切れと知って、「大事な宝物を不意に目の前でとりあげられた子どものように頭に血がのぼって」、何店舗も渡り歩いたとのこと。
またリブロポート刊『現代演劇の航海』に収録の劇評には、榊原郁恵の出世作となった『ピーターパン』が7年間の上演を経てさよなら公演を迎えたとき、「あきらめきれない!」と「メロドラマの登場人物じみた台詞を口走りかねない」ほどつらかったこと、星のきらめく夜空から、榊原郁恵のピーターパンが、ダーリング家に飛び込んでくるとき、「私の心は高揚し、目からは決まって涙がこぼれそうになる」と吐露しておられる。あの扇田さんが泣くんだな・・・。そう思うとほほ笑ましくもあり、扇田さんをここまで泣かせる『ピーターパン』の魅力をもっと知りたくなる。
わたしはこの二つの文章がとても好きで、実を言うと自分が書くことに煮つまったとき、読みかえすことが多いものであった。目の前の舞台をどう感じたのか、まずはそれを正直に恐れずことばにしてみよう。そう思い直してまた舞台とことばに向き合ってきたのである。
扇田昭彦さんがこの世にいないことがまだ信じられず、納得もできないが、舞台を見る、考える、書くことをあきらめないでこれからも続けていく。ときどき、いやしばしば?扇田さんの『ガラスの仮面』論や『ピーターパン』論を読みかえしながら。
扇田先生の訃報にはショックを受けました。
もしよろしければ、私のブログにこちらの記事を載せさせていただいてもよろしいでしょうか。
私も追悼記事を書きました。
因幡屋さんのすてきなこの記事も、一緒に残しておけたらと思います。
よろしくお願いします。
こちらこそはじめまして、因幡屋の宮本と申します。
当ぶろぐにお越しくださいました由、また本記事掲載のお申し越し、ありがとうございます。
どうぞお使いくださいませ。
観世さんが素敵な舞台に出会えますよう、お祈りしております。わたしもがんばります!
演劇・劇評関係を扱う方のブログに、載せさせていただきました。
http://kanze-hall.jugem.jp/
ここ数年、私生活が忙しく、なかなか舞台を見に行かれない状況で、
演劇レビューもほとんど書いていなかったのですが
また少しずつ書いていきたいと思っているところです。
因幡屋さんのレビューは、以前も時々読ませていただいていました。
どうぞ今後ともよろしくお願いします。
早々にご連絡ありがとうございました。
お目に止まって嬉しいです。
心苦しいのですが、お願いが。
ブログ名を「因幡屋ぶろぐ」(ブログをひらかな)にしていただくことと、ブログ名のところからジャンプしないようなのですが、いかがでしょうか?
お手を取らせますが、ご確認いただけますと幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。