因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

城山羊の会『仲直りするために果物を』

2015-06-02 | 舞台

*山内ケンジ作・演出 公式サイトはこちら 東京芸術劇場シアターウエスト 6月7日まで
 城山羊の会公演をみるのはずいぶん久しぶりだ。前回はたしか2007年春ではなかったか。今回は山内ケンジが昨年上演の『トロワグロ』で、第59回岸田國士戯曲賞を受賞したあとの第一作であること、昨年秋放送の『深夜食堂3』の「里いもとイカの煮もの」の回でクールな興信所の探偵を演じた石橋けいをぜひみたいと足を運んだ。舞台の詳細を書いておりますので、明日の千秋楽をご覧になる方はご注意を。

 基地に近い郊外の町、あばらやと言ってもいいくらい古びた借家に、添島照男と妹のユリ子(遠藤雄弥、吉田彩乃)が暮らしている。ふたりとも無職で暮らしに窮しており、家賃も半年未払いのままだ。業を煮やして取り立てに来た大屋(岡部たかし)は、「払えないなら出ていけ」とすごむ。だがこの大屋も不動産業の男(岩谷健司)に借金をして首が回らなくなっており、彼の暴力に怯えている。追いつめられた添島兄妹は大屋を殺そうと決意する。
 家のセットが反転して裏の空き地には、近所の高層マンションに引っ越したばかりの夫婦(松井周、石橋けい)が散歩にやってくる。妻のミドリは再婚らしく、やや子どもっぽく夫に頼り切っているようだが、空き地でことに及ばんとするあたり、一筋縄ではいかない印象だ。

 人物の会話のずれによって生じるコミュニケーションのほころびが、修復できたかと思えばなお広がったりと変化する様子は別役実を思わせ、いやいやちょっと待ってくれと思ううちに話が妙な方向に進んでいくところは岩松了を、舞台上で複数の会話が同時に起こるところは平田オリザのようでもあり・・・と、何かに似ている、どこかで見たことがあるような特徴をいくつも備えつつ、気がつくと山内ケンジ独自の劇世界を構築している。台詞を発語するほんの少しのタイミングのずれ、決して大仰ではなく、むしろ映像に近い自然な演技ながら、これまた気がつくと狂気の沙汰、修羅場になだれ込んでゆく。
 計算し尽くされた会話の流れ、呼吸、タイミング。おそらくそうとうに稽古を積んだと思われる俳優陣は、演じる準備や段どりをまったく感じさせない。台詞がかぶるところなど、「ミスかな?」と思わせるところもある。しかしそれすら計算の末のずれのようにも思え、隙がない。

  しかしながら疑問がふたつある。
 まず終盤で不動産業者がミドリを強姦するところ、大屋が業者を刺殺するところは、どうしても必要なのだろうか。行為そのものを舞台で見せるわけではない。だが家に連れ込まれたミドリの阿鼻叫喚、男が女を凌辱する絶対的な力関係を、これでもかと行使する丸山のふるまいには、正直胸が悪くなった。さらに大屋に刺された丸山のあられもない姿態である。行為の最中に刺されたのであるから、あのような格好になるのはいたしかたない。、それを舞台で見せることがどうしても必要なのか。「リアル」に表現したかったのか?

 リアルということを考える。人間の日常の営みには、どぎついことも汚らしいこともたくさんある。しかしそれを舞台でどう描くかは作り手の裁量であり、良心であり、品格である。どこまでどのように見せるか。

 つぎに死んだ人間が起き上がり、死んだものどうし、あるいは生きている者とことばを交わす場面があることだ。ほんとうに生き返ったわけではなく、霊魂が話をしているのでもない。一種の演劇的趣向であろう。しかしこれはある意味で「禁じ手」であり、それを使わずにどうすれば劇としておもしろくなるかを知りたいのである。前述のように、隙のない対話を書き、演出が施された舞台である。死んだ人間にしゃべらせるという禁じ手、きつい言い方になるが楽な手法をとらずに描くことができるのではないか。

 後味の悪い芝居が決して嫌いではない自分である。しかし後味の悪さにもいろいろあって、今回の場合、発端は添島兄妹が家賃を払えないことだけであったのが、ちょうど近所を散歩していた夫婦を巻きこみ、大学教授である夫がなかなかの食わせ者で、添島の妹や不動産業者の愛人(東加奈子)とあれこれあったりなどが重なって(この過程は不自然には思われない。見事な展開だ)、あっという間に舞台に亡きがらがいくつもころがり、人妻は強姦され、話も人物もどんどん並べて放り投げて終わりの印象が否めない。殺人や強姦そのものだけが後味を悪くするのではなく、作者の意図や演劇的必然が伝わらないことが要因であろう。

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