因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

shelf volume12『構成・イプセン-Composition/Ibsen』

2011-10-21 | 舞台

*ヘンリック・イプセン作 矢野靖人構成・演出 公式サイトはこちら アトリエセンティオ 29日まで 11月からアトリエ劇研(京都)、七ツ寺共同スタジオ(名古屋)、アトリエみるめ(静岡)を巡演 (1,2,3,4,5) 稽古場見学レポートはこちら→1,2
 雨の初日である。中に入ると俳優は板付きで、すでに張りつめた空気が漂う。立ったまま、あるいは床に伏せたまま動かない人物、ライターの音を立てたり、微妙に靴音を響かせながら歩く人物も。中央に大きな椅子がある以外は、書物やトランク、如露やグラスなどの小道具類のみ。
 すっきりとシンプルというよりは、何かを拒絶しているかのようだ。
 小さな劇場は客席のざわめきもなく、息をひそめて開演を待つ。

 shelfの舞台の第一の特徴は、その構成にある。戯曲を徹底的に読み込み、台詞のひとつひとつにひそむ意味や劇作家の意図をぎりぎりまで探る。初日が一週間後に迫った稽古中、敢えて演技の流れをとめて、劇中の台詞にある「生きる喜び」について演出家と出演者のディスカッションが行われたことにも、それは現れている。 
 そして演出家の解釈や手法が際立っていないことが第二の特徴であろう。
 俳優の演技はいわゆる新劇調でもアングラ風でも小劇場的でもなく、はじめてみる人にとっては違和感があるかもしれない。ト書きの扱いも独特で、観客が物語や登場人物の心情にのめり込むことを静かに制す。
 稽古では立ち方、歩き方、動き方を、場合によっては台詞の言い方よりも重視した訓練が行われていた。いずれも川渕優子が圧倒的に美しく、目を奪われる。
 本舞台においてもそうなのだが、不思議なことに目の前の俳優に惹きつけられながらも、いつのまにかその向こうにある劇世界そのものが迫ってくる。100年以上も前に遠い国で記された物語が、いまのわたしたちに問いかけてくるもの、それに自分はどう答えればよいのかを考えはじめているのである。生きる喜びとは、働く喜びとは何?

 役名がなく、「男」「女」とされた2名の人物が担う役割が、ラストシーンで明確になる。
 奇蹟の中の奇蹟。それが現実の生活にはほとんど起こらないことを人は知っている。
 あの男女にもおそらく奇蹟は訪れまい。しかし演劇が人の日々の生活にどう役に立つのか、なぜ人は劇場に行くのかを考えたとき、現実逃避や日ごろの憂さをはらすだけではない、敢えて暗いもの、絶望的なものを求める心の動きが、確実に存在する。
 『幽霊』の終幕に前述の男女のやりとりがあることには賛否あるだろう。
 自分は基本的に戯曲とおりの上演が好きなので、それからいうと否定的な感想をもちそうなものであるが、今回はあの場面に、本作を構成し演出した人の願いや祈りを感じとった。
 舞台に示された、小さな奇蹟であろう。

 本公演は前述のとおり、今夜の東京公演を皮切りに4都市を巡るツアーを敢行する。京都公演は平成23年度第66回文化庁芸術祭、名古屋公演は名古屋市民芸術祭2011年参加公演となり、ひとりでも多くの観客との出会いが期待される。

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