*野木萌葱 作・演出 公式サイトはこちら 劇場HOPE 14日まで (1,2,3,4,5,6,7,8,9,10,11)
いまやパラドックス定数はぜったいに見逃せない劇団になった。ぞっこん惚れこんでいるといってよい。公演のたびに異なる雰囲気の劇場だ。しかも途中の入退場がほぼ不可能な構造であることが多い。出演俳優だけでなく、観客もまた追いつめ追い込まれるような空間。実際に起こった事件を独自の角度から掘り起こすもの、劇作家脳内の妄想が織りなす不可思議なものまで、所属俳優はもちろん客演の顔ぶれもおなじみになり、内容や役柄にも次第に慣れてしまうものだが、自分はいまのところそういう気持ちになったことは一度もない。「今度はどう来るか」を楽しみに喜び勇んで劇場に向かう、貴重な劇団である。
『トロンプ・ルイユ』。絵画の手法のひとつ、「だまし絵」のことであるが、公演チラシには競走馬の写真が。ネットで調べてみるとトロンプルイユという牝の競走馬がいるそうで、タイトルとチラシだけですぐにわかる方も多かっただろう。自分は競馬に知識も心得もまったくない。
JR中野駅南口から徒歩5分、住宅地の一角にザ・ポケット、劇場MOMO、テアトロBONBONと3つの劇場が立ち並ぶ。そのBONBONの地下が今日の会場の「劇場HOPE」である。前の4列めあたりまで床がフラットで、そこから段差がついており、ぜんたいとしては60~70人のキャパであろうか。入って手前が客席スペース、奥が舞台のごく普通の作りである。
今回は競馬界の話である。競走馬と、馬主や調教師、その助手、厩務員、競馬の予想屋や客たちを、6人の俳優が、馬と人間両方を演じ分ける。人間に個性があるように、同じ厩舎にいる馬たちも年齢や出身地、競馬馬としてのキャリアの違いがあり、逃げるのが得意なもの、メンタル面が弱いもの、腰の低いもの、馬屋を仕切るリーダー格など個性豊か。
馬どうしの会話は人間にはわからず、しかし人間の話は馬にも通じているときがあり、そのすれすれのコミュニケションの妙や人間と馬の性格や生き方が微妙にだぶっているところを楽しむことができる。
毎回どちらかと言えば重苦しい題材を扱う印象が強いだけに、パラドックス定数の公演で客席にこれほど笑いが起こるのは珍しいのではないか。
当日リーフレットには「人馬、一体」と記されており、まさにその通りの作りなのである。ひとりの俳優が馬役を演じていたかと思うと人になり、また馬になりを繰り返しながら1時間40分、地方競馬の世界を描いてゆく。競馬の知識や心得がなくてもじゅうぶん楽しめる。反面、いつも感じるずっしりとした手ごたえとは違う印象であった。人と馬の演じ継ぎでみせる芝居といってしまえばそれまでで、作者がそこから何を描きたかったのかまでは伝わってこなかった。いつもの自分なら「手法が前面に出ている」とか「あざとい」とか何とか不満を言いそうであるが、それもなく。
上演前と終演後、野木萌葱が客席に挨拶をする。必要なことをてきぱきと、ユーモアを交えながら話す姿には毎回背筋が伸びる。気負いもてらいもなく、「この舞台の責任者はわたしです」という姿勢が伝わってくる。客席には謙虚で行き届いた配慮で、たとえ強い余震や停電があったり、体調が悪くなって途中劇場を出るようなことがあったとしても、この人がいる限り最後まで安心して芝居をみることができると確信させてくれる。舞台の俳優をみていると、演出の現場ではどんな様子なのか、こちらがわの安直な想像を拒絶するかのような激しさや厳しさを感じる。自分はこの感覚が好きでパラドックス定数の公演に通いつづけているのだと思う。
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