因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

ハイリンドvol.5『もやしの唄』

2008-03-01 | 舞台
*小川未玲作 春芳演出 公式サイトはこちら 新宿THEATER/TOPS 公演は2日まで
 いかにも日本家屋の座敷といった感じの部屋で居眠りをしている子供。もやしのひげを取りながら眠ってしまったのだろうか。旗揚げ以来破竹の勢いで驀進しているハイリンドの公演『もやしの唄』のチラシをみたとき、これはひょっとして脱力系かしらと予想したが、2時間足らずの上演中、ほとんど気の緩むことがなく楽しんだ。

 ハイリンドとの出会いは2005年の冬だが(1,2,3,4)、それ以来自分の中ではみる度に魅力を増しているカンパニーである。4人のメンバーの堅固なアンサンブルに加え、客演陣が充実しており、戯曲に対する敬意と信頼が伝わってくるところが何より好ましく思えるのである。

☆公演は明日の千秋楽も2回あります。未見の方はここからご注意くださいませ☆

 高度成長真っただ中の1960年代中頃、どこか地方の町で「もやし屋」を営むあるじとその家族、ご近所の人々の交流が描かれている。もやしは年中安くていろいろな料理に使える便利な食材であるが、育てるのがこれほど大変なものであるかは、や、まったく知らなかった。泉商店のあるじ泉恵五郎(伊原農)は、数年前妻を亡くして以来、幼い息子(カンタくん。最後まで出てこない)を育てながら文字通り心身を削りながらもやしを育てている。結婚を控えた妹の十子(仁田原早苗/Playing unit 4989)、なかなか就職の決まらない弟の一彦(石原竜也/P☆M☆C)、恵五郎に思いを寄せて何かと手伝いにくる九里子(はざまみゆき)や、父親の経営する会社を飛び出して住み込みとして働くようになった村松さん(多根周作)、亡き妻の母親とみ(枝元萠)、不思議な老人喜助さん(辻親八)が賑やかに出入りする。

 エピソードのひとつひとつが粒だっていて、それでいてあざとさを感じさせない、それらがいつのまにかつながっていて、この家族と関わる人々の物語を温かく紡いでいく。明るく温かなホームドラマの様相を呈しているが、働くことの意味や「仕事とはどういうことか?」が伝わってくる。家業を継いでしまった恵五郎が、大学にも行きたかったし、ほかにやりたいことがたくさんあった、なぜこんな仕事を…と嘆きながらいつのまにかまるで我が子を育てるようにもやしを慈しみ始める。自分のしたいことを仕事にできる人はごく僅かである。程度の差はあれ、多くの人は不本意な仕事に耐えている。働く意味は、喜びや誇りはどうすればみつかるのか?『もやしの唄』はそんな悩みに速攻の効果を与えるものではないし、ひたすらに頑張れと励ますものでもないが、迷う心に温かな眼差しを注ぐ。逆『プロジェクトX』とでも言おうか。

 毎回たっぷりと楽しませてくれるハイリンドと出会えたことは、大変な幸福である。しかし「楽しかった、おもしろかった」という点に終始してしまい、劇評を書くことにおいてもっと新しい切り口、視点をもって臨むべきではないかという新たな疑問や悩みが生まれている。いや、それとても幸福なことだと感謝している。負けずに頑張ります。

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