*山岡徳貴子作・演出 公式サイトはこちら 東京芸術劇場小劇場 公演は1日で終了
昨年のリージョナルシアター・シリーズ リーディング部門で発表され、第52回岸田國士戯曲賞の最終候補にノミネートされた作品が、リーディング特別公演されることになった。舞台には椅子が数脚と、台本を置く台がある。俳優は椅子に座って台本を読む。下手奥にト書きを読む俳優がおり、ほんとうにシンプルですっきりとした「リーディング」であった。
いくつもの棟が立ち並ぶ団地の部屋が舞台である。A棟にある佐野という男性の部屋に彼の部下と、佐野の愛人が来ている。部屋には佐野自身は不在で、彼の妻が暮らす。いわば本妻のところに愛人が乗り込んでいるわけで、おっとり構えているようで何を考えているのかわからない妻(武田暁/魚灯)と、精神状態が不安定で、これまた何を言い出すかわからない愛人(塩湯真弓/劇団M.O.P)のあいだで、部下(三村聡/山の手事情社)が右往左往している。場面変って佐野の部屋の向かいにあるB棟に住むさつきという女性(ともさと衣)の部屋である。少し足の不自由なさつきにぶつかってしまった佐野(太田宏/青年団)が、心配して彼女をうちまで送ってきたのだという。佐野はなかなか腰を上げられないし、さつきは控えめだが佐野を引き止めようとしている。二人の心が通いあうことが予感される。
特に驚くような二枚目でもないのに、佐野は実に3人の女性の心を捕らえているのだ。どうしてだろうと疑問に思ううち、それまでずっと台本に目を落としていた佐野が、後半顔をあげて向かいの部屋をじっとみつめる場面、その表情にぞくりとした。あ、これはやばいなと。
緊急決定した公演とはいえ、俳優は台詞の読み込みを相当深く行ったものと思われる。登場人物たちがかわすやりとりは聴くだけで緊張感が伝わり、しかも正面切ってぶつかろうとしない彼らの会話はちぐはぐで笑いを誘う場面もある。これが本式の公演ならさぞかしおもしろいだろうと思いつつも、台詞を読む俳優の姿からいろいろなことを想像できるリーディングは、ある意味でもっと贅沢な楽しみなのかもしれない。
結局先週の『着座するコブ』の劇評は書けず、今回のリーディングも「わからなかったらどうしよう」と弱音を吐いていたのだが、案ずるより見るが易しであった。たまたま公演前の空き時間に読んだハロルド・ピンター著『何も起こりはしなかった』(喜志哲雄訳 集英社新書)にピンターのインタビューが掲載されていた。イギリスではあまり評価されなかった『灰から灰へ』がバルセロナで上演されたときに、「観客に劇の内容に入りこもう、劇の一部になろうという意欲があった」と感じたとのこと。これを今回のリーディングにあてはめるのが適切かどうか判断できないが、少なくとも『着座するコブ』のときにはなかった気持ちが、リーディングの時間中生まれていたことは確かである。春は名のみの冷たい風の一日だったが、収穫あり。感謝である。
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