因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

劇団創立60周年記念 劇団東演PIC公演vol.7『紙屋悦子の青春』

2019-09-28 | 舞台

松田正隆作 河田園子(JOCO)演出 公式サイトはこちら 東演パラータ 29日で終了
 本作はこれまで2度観劇したが、いずれも90年代で(98年劇団新人会、99年木山事務所)、このブログに記事はない。太平洋戦争末期、九州のある街に兄夫婦と暮らす紙屋悦子のもとに、縁談が舞い込む。兄の後輩の明石少尉が、友人の永予少尉を紹介してきたのだ。悦子はひそかに明石に思いを寄せていたが、見合いを承知する。折しも兄に徴用の命が下り、悦子は一人で見合いを行うことになる。若者3人をA,B二つの座組で上演され、A班を観劇した。

 本作には、年老いた現代の悦子とその夫が登場する現代と、前述の戦争中と、ふたつの時空間がある。老夫婦をベテラン俳優が演じる形式、若者と老人と二役で演じる形式など、演出が異なり、今回は前者型であった。さらに天井のたっぷりある劇場を活かした趣向が凝らされている。冒頭は病院の中庭であろうか、老夫婦がベンチで語らううち、数十年前の紙屋家の茶の間へ自然に時空間が移る形式なのだが、今回は主舞台を見下ろす高さに老夫婦が語らうベンチが作られ、夫婦は物語の最初から最後までずっとそこにいて、過去の物語を見守るのである。

 俳優の演技に丁寧な演出が施されて、俳優陣はそれに誠実に応えている。まず悦子の兄安忠(南保大樹)はまだ若いながら家長としてのプライドがあり、時おり妻に声を荒げても愛情ゆえであることがよくわかる。妻のふさは、悦子と女学校時代からの仲良しで、「えっちゃんとずっと一緒にいたくてあんたと結婚した」と言うほどだが、心底夫に惚れている。永予(椎名啓介)は見合いに浮き立っているが、気の利いた話題のひとつも思いつかず、「弁当箱で電気回路を作ります」と熱弁を振るう純朴そのものの造形にまったく嫌味がない。対する明石(木野雄大)は、一見二枚目風だが永予に負けず劣らず女性に対してうぶなところがあり、こちらもまた好ましい演技である。

 実は老夫婦が終始舞台に存在する演出に対し、「過去の自分たちを見守る」態がはっきりしてしまうと、どこか作り物めくのではないかという微妙な懸念があった。しかし老夫婦(能登剛、腰越夏水)は、ほとんど台詞がなく、動きも少ないなか、過去の自分たちの様子に濃い眼差しを注いだり、逆に目をそらして何かに耐えているようなときもあり、そこにも思わせぶりなところはなかった。

 見合いの日には蕾だった桜が開き、永予と悦子は結婚を決める。それはすなわち明石の戦死という痛みを伴うことであった。前面に若い永予と悦子、後方に老夫婦が立ち、二人の悦子は海鳴りに耳を傾けながら、ふと自分の胸元に手を当て、眉を曇らせる。この終幕の悦子(三森伸子)の表情にふさわしい言葉を、自分はまだ見つけられない。

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