*中津留章仁作・演出 公式サイトはこちら 紀伊国屋サザンシアターTAKASHIMAYA 10月7日まで
2016年の『箆棒』に続いて、劇団民藝が中津留作品に挑む。ある地方の町で長年食堂を営んできた村本哲夫(小杉勇二)と早苗(樫山文枝)夫婦と子どもたち、店の常連客はじめ、ベトナム人技能実習生たちが試行錯誤しながら共生の方向を探る物語だ。
軸のひとつは、食堂の夫婦を中心とした状況だ。哲夫はこのごろ町に外国人が増えていること、近くにできたネパール料理店に客を取られていることが気に入らない。早苗は近くのアパートに住むベトナム人たちがごみ捨てのルールを守らないことに困惑している。一方、農業を営む常連客の遠藤(佐々木梅治)はベトナム人技能実習生グエン(神敏将)を弟子と見込んでいるが、その孫の明日香(金井由妃)は外国人が苦手だとういう。
ところが、役場で外国人労働者支援業務に携わる娘の友紀(中地美佐子)がグエンと互いに惹かれ合っていたり、父のもと、料理修行中の息子涼太(齊藤尊史)も、彼の協力でベトナム料理の新メニューを計画するなど、子どもたちは両親の思惑を知りながらも、自分たちの生活、人生のなかに、外国人の存在があることを受け入れている。
もうひとつの軸は、近所の中小企業の工場長(吉岡扶敏)と主任(本廣真吾)、そこで働くチエン(岩谷優志)の関係である。チエンは主任が自分を差別したと言い、対応を改めてほしいと訴える。主任はチエンが扱いにくいとこぼし、工場長は両者を歩み寄らせようと懸命である。実習生を派遣する企業のスタッフ(細川ひさよ)も、自分の会社の都合や自身の実績のためも確かにあるだろうが、親身で心を砕いている。チエンはプライドが高く、頑ななところがあり、「この辺りで手を打とう」という妥協を決してしない。独特の口調で「シューニン!」と執拗に呼びかける。主任もまた仕事への悩みなど、相当の鬱屈を抱え、劇中人物のなかで最も不機嫌で、表情が暗い。このふたりはそもそも相性が悪く、決裂致し方なしと思われたが、仕事についてのチエンの不満と、主任が改善したいと考えていたことが一致していたことがわかる場面のやりとりは、副筋でありながら、本作の核になりうるほどの緊迫感があった。
前半あれほどいがみ合っていたのだから、そう簡単に和解はできない。互いにプライドもあれば意地もある。しかし「今度主任の子どもの話聞かせて」というチエンに、「そのうちな」と応じる主任のひと言に、希望と救いが見て取れるのである。
しかし忘れてはならないのは、彼らの関係性の変容に一役買っているのが早苗であることだ。彼女は部外者なのだが、店の客のやりとりについ口を出してしまう。しかし素朴で率直なひとことが、両者の膠着状態を溶かし、問題に客観的な視点を与えるのである。飾り気がなく、困った人を見ると放っておけない早苗の気質が、樫山文枝にぴたりと合い、主役であり、かつ劇中の潤滑油という役割を自然に示している。
2作めということもあり、互いへの信頼がより確かになったのであろう、中津留、民藝両方に安定感と緊張のバランスがあり、気持ちの良い初日となった。たとえば、友紀がグエンの求婚を断る理由が、「お父さんが子犬顔で、あんな顔で見られたらたまらない」と吐露する場面など、小杉勇二の微妙な表情、その心象の表れをつかんだからこそ生まれた台詞ではないか。
9月2日の朝日新聞に、日本企業からひどい扱いを受けたベトナム人技能実習生の実態が記されている。日本が嫌いになった、来日を後悔している、優しい人は誰もいなかったなど、こちらの身が縮むほど辛いものばかりだ。また9月17日放送のNHK「プロフェッショナル 仕事の流儀」で紹介された外国人支援NPO代表の鳥井一平氏が、大やけどをした外国人労働者をめぐって、ある企業の社長に誠意ある対応を求める執念、のらりくらり交わしていた相手の変容、不安と絶望で打ちひしがれていた外国人女性に笑顔が戻るさま、いずれも胸に迫るものがあった。
今夜の舞台が、圧倒的に厳しく悲惨な現実に対して、打ち勝つ力を持つものであってほしい。現実の問題がいかに複雑で、歩み寄りや解決が困難であることを思い知らさせながら、なぜそれを演劇にするのか、演劇が社会に対して成し得ることは何か。そもそも人はなぜ演劇を作り、見るのかという根本的な問いに向かっていくと思うからである。
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