因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

『動員挿話』文学座アトリエ70周年記念公演 3月アトリエの会『歳月/動員挿話』より

2020-03-18 | 舞台

*公式サイトはこちら 信濃町/文学座アトリエ 29日まで 
『歳月』に続く2本めは、所奏演出(1,2)の『動員挿話』である。1927年に発表された。これまでに2度観劇の機会があり、最初は80年代の中ごろと記憶するが東京小劇場の公演、次は2005年新国立劇場小劇場での深津篤史演出の舞台であった。

 物語の舞台は1904年(明治37年)の夏。日露戦争が始まり、宇治少佐(斉藤祐一)の属する師団にも動員命令が下った。宇治は馬丁の友吉(西岡野人)を連れていこうとするが、妻の数代(伊藤安那)は頑なに拒む。死別と離別を経て、再々婚である友吉に対する数代の愛情は病的なほど凄まじく、少佐夫人鈴子(鈴木亜希子)の説得にも耳を貸さない。一方友吉は気弱なたちで、男としての面子、世話をしている馬への愛着、雇い主の宇治少佐、数代との結婚の際世話になった鈴子夫人への恩義と妻への愛情の板挟みになり、心がぐらついている。

 戯曲の立体化が演出家の大切な仕事のひとつである。劇作家が精魂込めて記した台詞やト書きを徹底的に読み込み、具現化するために、さまざまな方法を生み出す。舞台美術や衣裳、この台詞を俳優にどのように言わせるか。戯曲という素材を活かし、劇作家の意図を忠実に描くだけでなく、ひとつの台詞に、それまで気づかなかった意味を示すこと、俳優の造形によって、人物の関係性を変容させることもできる。

 今回の『動員挿話』において、俳優の台詞の発し方やしぐさなど、演出家ならではの趣向が凝らされているところがある。そのすべてに意味を提示し、効果を挙げなければならないわけではないが、そこから何を見せようとしたのか、劇的な感興が生まれたのかをわかりかね、困惑したというのが正直な印象である。美味しいのかそうでないのか判断に迷う、奇妙な味つけの料理を口にした感覚か。たとえば女中よしの衣裳やヘアスタイルは、舞台の時代よりも現代に近づけたというより、周囲から少々浮いた存在に作られている。しかしそういった点よりも、「お妾さんのうちにゐたことがあるから、(残された妻の寂しさの発露がどういうものか)、よくわかるんだよ」という台詞が醸し出す生ぐささや艶っぽいもの、この女中の背景などを感じ取りたいのである。

 鈴木亜希子の声質や雰囲気はどちらかと言えば商家の女将風で、少佐夫人は意外な配役と思ったが、「二人が一緒になれるかなれないかつていふ場合だつたから、死ぬの生きるのつていふ騒ぎをしたのだけれど」という台詞の通り、二人のために宇治少佐をとりなしたこともある。夫不在の寂しさを女中にこぼすほど打ち解けたり(女中は迷惑らしいが)、奉公人を手厚く世話したりなど、人情に厚い面を表現するのに、鈴木の資質が活かされている。いかにも軍人の妻らしい基本的な造形から、さばさばと思い切りのよい、しかしその裏では戦地に赴く夫が恋しくてならない鈴子の心象の移ろいを描くのに、まだまだ変容していくのではないだろうか。

 数代という人物を理解することはなかなか難しい。夫を死なせたくないのはわかる。しかしその主張の仕方が宇治少佐夫妻はもちろん、夫の友吉が辟易するほど攻撃的、暴力的ですらあり、あげく悲痛な幕切れとなる。この「周囲から持て余されている」ところを強烈に示しながらも、決して「どうしようもなく困った女」ではなく、夫を戦地に行かせないと主張するなど論外であったであろう時代に、ここまで「否」と貫く姿に、観客が密かに「天晴れ」と快哉を叫ばせたいと、つい欲が出てしまう感じがほしい。女学校まで修めており、相手が主人であっても、自分の気持ちを明確に述べるほど勇気(蛮勇に近いが)がある。その一方、少佐を見送る鈴子のすがたに深く感じ入る心の持ち主である。単純に気性の激しい女と言えない多面性があり、伊藤安那は聡明から諦念、そして狂気に暴走するまでを辛抱強く演じた。死に顔が見えるような数代である。

 数代と友吉が一緒になるためにどんな妨げがあり、どれほどの修羅場があったのか、実はとても知りたいのだが、戯曲に書かれていないので何度観てもわからない。が、それでよいと思う。戯曲から感じること、舞台を観て思うこと、そしてまた戯曲に戻ること。それを繰り返してなおわからないことを知ること。これもまた芝居の味わいだと思うのである。 

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