因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

劇団昴公演『チャリング・クロス街84番地』

2006-04-03 | 舞台
*ヘレーン・ハンフ原作 江藤淳訳 吉岩正晴潤色(ジェイムズ・ルース・エヴァンスによる) 松本永実子演出 三百人劇場
 ニューヨークに住む無名の女性劇作家へレーン・ハンフ(望木祐子)が、ロンドンの古書専門店マークス社に手紙で書籍を注文し、社のフランク・ドエル(牛山茂)が、発送する書籍に手紙を添える。そのやり取りは実に二十年に及び、事務的な手紙が本を媒介として次第に親密なものになってゆき、温かな交わりを育んでいく様子が描かれた舞台である。劇団昴による初演は85年で、キャストや演出家も変わりながら再演を続けてきた、まさに劇団の財産というべき作品である。
 ステージの左側にニューヨークのヘレーンのアパート、右側にロンドンのマークス社の店内のセットが組まれている。普通の台詞のやりとりはほとんどなく、両者が手紙の内容を、お互いの顔をみずに客席に向かって話すという形式である。
 登場人物が直接言葉を交わすのではなく、一方的に手紙を読む。この地味で単調ともいえる形式がみるものを飽きさせないのは、まず第一に「手紙」の魅力である。手紙はただの紙切れではないし、単に情報を伝える道具でもない。人がそれを書くことに費やした時間、伝えたいという思いがこもっている。いわば書いた人の心そのものと言ってもよい。その温かみ、肉筆の躍動感が客席に伝わってくるからであろう。
 第二は「贈り物」の優しさである。最初の手紙は1949年、第二次大戦が終わり、「人々がやっと日常を取り戻そうとしている時代」(公演チラシより)に始まる。イギリスの食糧事情は悪く、それを知ったヘレーンはクリスマスや復活祭のお祝いと称してフランクはじめマークス社で働く人々に卵やハムの小包をせっせと贈るのである。喜んでほしいという優しさが受け取った人に伝わり、どれほど嬉しかったかを御礼のカードやお返しの贈り物にする。そのとき卵やテーブルクロスは輝くような宝物になるのである。
 一幕が終わって休憩に入ったとき、うしろの席にいた若い男性が、予備知識なく見に来たのであろう、「こういう話だったんだ。こんなにおもしろいとは思わなかった」と話しているのが聞こえて涙が出そうになるほど嬉しく、ああ、この声を出演者やスタッフに伝えたいと思った。

フランクを演じた牛山茂が大変魅力的。一昨年の『チェーホフ的気分』からいちだんと素敵になった。渋くて知的でユーモアがある。フランクとヘレーンの組み合わせはたとえば加藤健一と高畑淳子でも成立する作品であると思う。しかし演じる側が一歩下がって、作品に対する敬意を表しているいるような昴の謙虚な姿勢は他では得難いと感じる。

 考えてみると最近手紙を書く機会が激減した。
 久しぶりに手紙が書きたい、小さくてもいいから贈り物がしたい。そんな気持ちにさせる舞台である。

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