因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

elePHANTMoon#13『成れの果て』

2014-02-21 | 舞台

*マキタカズオミ作・演出 公演特設サイトはこちら1,2,3,4,5,6,7,8,9,10
 2009年初夏の本作初演が自分とマキタカズオミ作品の出会いであった。
 舞台設定や物語の流れ、登場人物の配置や造形のことごとくが、これまでほかの舞台でみたことのないざらついた不快感を醸しだす。いま目の前で起きていることの要因になった過去の事件がヒルのようにまとわりつき、離れない。よどんで腐臭を放つ泥沼のごとき劇世界に一輪の蓮の花のごとく、はかなげで清らかな姉のあすみ(津留崎夏子ブルドッキングヘッドロック)が終盤に痛ましく変貌する衝撃は、いまだに忘れられない。
 マキタカズオミの作品をみるようになってから、自分の演劇に求める方向性が確実に変容した。ねじくれたもの、汚いもの、救いのないものにより強く吸い寄せられる。醜悪で陰惨だが、決して「人はこの程度にキタナイものなんだよ」と開き直っているわけでもなくく、ことさら偽悪的、露悪的になっているわけでもない。
 マキタカズオミの魅力は何か。もっと知りたい、考えて書きたい。その気持ちを強く掻きたてられる。まさに「演劇的希望」を与えられたのである。

 今回の再演は物語や人物の設定など、基本的なことは初演とほとんど変わりないと思われる。変わったのは配役である。劇団員(菊地奈緒、江原大介、永山智啓)は初演と同じ役を演じるが、そのほかはすべて新しい俳優が演じることになった。とくに姉のあすみ役に山田佳奈(劇団ロ字ック 1,2,3)、妹の早代に川村紗也が配されたことは、演じるご本人はもちろん、迎える劇団員にとっても挑戦だったのではなかろうか。
 初演で姉のあすみを演じた津留崎夏子にぞっこん参ってしまった自分にとっては、山田佳奈の配役は正直なところ不安もあった。タイプがまるで異なると思われたからである。

 不気味な音楽が高まって客電が落ち、舞台にあかりがつくと、居間にひとりで座ってプリンを食べているのが山田佳奈である。しばらく台詞はない。行儀よく、カップの底についたカラメルを丁寧にすくって食べているその様子、化粧気のない顔に髪型も服装も構わないその風情は、観劇前の懸念をすべて吹き飛ばすものであった。

 人が人と出会うとき、定めとしか言えないほど逃れられないものがはたらく。その出会いは本人どうしはもちろん、周囲の人誰にも幸せをもたらさない。なのに離れられない。
 姉のあすみと妹の早代、そして姉妹に深く関わる布施野(永山)の3人が、まさに宿命としか言えない関係だ。相手に対して単純に好きとか嫌いなどと括れない感情があり、何を言っても相手を傷つけ、自分もまた後悔にさいなまれる。そんな3人が行きつく先、題名のとおり「成れの果て」が描かれる1時間50分である。

 あすみを演じた山田佳奈がすばらしい。「女優開眼」とは、こういうことを指すのではないか。主宰する劇団ロ字ックではまったくみせない顔、観客が知らなかった表情をみせる。いかにも幸薄い女、不幸が似合う役柄というのは、観客に強烈に刷り込まれたイメージがあるものだが、山田はそのどれにもあてはまらない。複雑で陰影に富み、どうしてそんなに穏やかでいられるのか、ほんとうは何を考えているのか、観客の安易な思い込みや予想を少しずつ裏切り、最後に恐ろしいまでの変貌をとげる。
 しかしあの顔とても、あすみのほんとうの顔ではないのではないか。

 というより、あすみに限らず人々が舞台で観客にみせている顔は、その人の心のほんの一部に過ぎないのだ。たとえば姉妹のおさななじみの竹内(寺井義貴/ブルドッキングヘッドロック)は、人物のなかではほとんど唯一といってよいほど善良で心やさしい男性のように描かれているが、職場になじめないと悩む中尾(後藤ユウミ)に、こっそり姉妹の過去を教え、ちゃっかりと関係まで持つ。この話なら町じゅうの人が知っているから、仲間ができるよということなのだ。子どものころからずっといじめられてきた彼が身に着けざるを得なかった処世術なのだ。
 人の心の弱く醜いところをここまでみせることはないじゃないか。ああ嫌だなあ。そう思いつつ、あすみに罵倒されたあとの竹内の表情から、彼の気持ちがまことに読みにくいことにぞくぞくするのである。竹内はきっとまた何かをする。そうやってこの町で生き延びてゆくのだ。

 『成れの果て』は盤石の劇団員と新しい客演陣によって、いよいよ深く激しく観客を魅了するものとなった。そしてこれほどまでに後味のよくない物語でありながら、自分はまことに晴ればれと幸せな心持ちで劇場をあとにした。
 マキタカズオミによって今回もまた自分は変えられたのである。

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