*前川知大 作・演出 公式サイトはこちら シアタートラム 29日まで (1)
2005年初演、2007年再演、満を持して再々演となった。神奈川芸術劇場を皮切りに、水戸、東京、大阪、北九州を巡演する。自分は今回が初見であり、前川知大の作品に対しては、まだきちんとした認識を持っていない。舞台上手にリビングのしつらえ、中央に診察台、上手にはデスクやロッカーなどが置かれている。白っぽいグレーの色調のせいか、無印良品のモデルルームのようである。ふた組の夫婦のリビング、病室、診察室、近所の人の庭など、いくつかの場所が一杯道具の中で展開するが混乱はしない。
3日間行方不明だった夫(窪田道聡)が無事にみつかったが、様子がおかしい。大きな子どものようである。記憶喪失か若年性アルツハイマーか。妻(伊勢佳世)やそのきょうだいは悩み、手を焼くが夫は天真爛漫に振る舞い、毎日散歩をしてはそこで出会った人々からいろいろなことを学習しているようである。
散歩する侵略者。夫はこのタイトルそのものである。宇宙人が人間からあらゆる「概念」を奪い去って、地球を侵略しようとする。荒唐無稽なSFとまとめるには抵抗があり、といって感情移入するほど理解できず、居心地の悪い2時間であった。
まず「概念を奪う」ということがいまひとつぴんとこなかったため、宇宙人から概念を奪われて平常心を失ってしまう人々の様相が理解できず、舞台から醸し出される危機感や焦燥感、そして妻からある概念を奪ったのちに夫(宇宙人なのだが)がはじめて気づく狂おしいまでの悲しみに、心を添わせることができなかった。この場面で窪田と伊勢は渾身の演技をみせ、客席には泣いている人もあったのだがとてもついてゆけず、残念であった。
舞台美術や劇の運びはスピーディで美しく、俳優も自分の持ち場を過不足なく演じており、演じる俳優やスタッフが本作を大切にしていることがわかる。しかし4月21日朝日新聞掲載の「神奈川芸術劇場再始動」の記事に記されている、、「愛が救う」ことを震災後に発するメッセージとした作者の思いを明確に受けとめるには至らなかった。震災の前とあととでは人の心の様相は激変しており、作り手は何を伝えたいかをより明確にすること、受け手は感じ取る心をよりしっかりと持つことが必要になった。舞台への要求が高くなり、出来不出来(単純な表現だが)に鋭敏になると同時に、以前よりも柔軟に作り手の思いをつかみ取ろうとする気持ちが強くなっているとも言えよう。多くの観劇のなかにはおもしろいものもあれば、そうでないものもあると簡単に流せなくなった。よかったものはいつにも増してその喜びが大きく溢れ、そうでないものに対しては本気で怒りがわく。そして今回のようにはっきりしない心持ちで劇場をあとにした舞台に対しては、難しい宿題が与えられたような気分になるのである。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます