因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

パラドックス定数第34項『深海大戦争』

2015-09-12 | 舞台

*野木萌葱作・演出 公式サイトはこちら 上野ストアハウス 13日で終了 (1,2,3,4,5,6,7,8,9,10,11,12,13,14,15,16,17,18,19,20

 自分にとって、パラドックス定数は公演があればほぼ必ず足を運ぶ劇団だ。新作はわくわくと心躍らせ、『怪人21面相』や『東京裁判』などの再演には心をあらたに。自分ひとりではもったいないから、たいてい誰かに声をかけ、いっしょに観劇する。優先予約システムが整っており、そのたびにいただける小さなノベルティグッズも楽しみだ。劇団員はもちろん、客演は常連も初顔も含めたいいチームワークで、隙のない演技をみせる。そして舞台を統べる作・演出の野木萌葱の劇作へのあくなき挑戦の姿勢、冷静で緻密な演出、全公演で会場に立って観客の誘導を行い、上演前後には心憎いまでに行き届いて、かつユーモラスな挨拶をし、舞台を見る前の観客席の期待を高め、観劇後は気持ちよく送りだす。このホスピタリティに毎回、例外なく感服させられてきた。演劇業界を越えて、社会人として、自分の仕事に対して、それを代価で受けとる観客に対して、真剣な態度で臨んでいることがわかる。終演後に誰も席を立たず、野木萌葱が挨拶に立つのを待ち、終わると拍手をする。そんな公演はほかではなかなかないことである。

 それが今回の終演後、まったく思いもよらない挨拶を聞くことになってしまった。ダイオウイカとマッコウクジラの大戦争が激しくなったところで暗転。客席が明るくなる。え、ここで終わりなのか?と野木が登場し、「以上で前編です」と。つまり作品が完結させられなかったというのである。
 これには心底驚いた。それを言わないままで従来と同じように上演したことにである。こういうことは業界的に「アリ」なのでしょうか。後編の構想があることや、その際は今回のチケットの半券で割引などの対応をするなど、いろいろあるそうだが、いや、そういうことではないでしょう。

 今回の公演についてネット上をみても厳しい意見は案外少ない。むしろ劇そのものについてよかったところを好意的に受けとめ、次回に期待する意見が多い。これまでのパラドックス定数、野木萌葱の実績であろう。しかしながら、最後まで書けなかったことを事前に告知せず、観客を上野まで来させて1時間40分の舞台を見せるということには、どうにも納得ができない。諸般の事情のために、作品は未完である。それでも構わない、見たいという方はぜひということなら、きっぱりとキャンセルするか、敢えて気持ちを立て直して足を運ぶか、選択できた。チケット代金はこのさい戻らなくてもいい。時間が惜しい。落胆し、消耗する心身が辛い。

 公演を中止にし、チケット代金を払い戻す方法もあったと思う。敢えて公演を行った理由は何か。こうする以外方法がなかったのか。今回はひとりで観劇したからまだいいようなものの、これで誰かを誘っていたら、どう謝っていいかわからない。こういうところに安心したくない。ほかならぬ野木萌葱と、パラドックス定数なのだから。

 「後編」と言わず、きっちりと1本に収めた作品を、新作として拝見したい。それが自分の希望です。

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