因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

演劇ユニット新派の子 錦秋公演『新編 糸桜』

2023-10-13 | 舞台
*河竹黙阿弥 没後百三十年 河竹登志夫「作者の家」より 齋藤雅文脚本・演出 公式サイトはこちら 日本橋公会堂(日本橋劇場)10月12日、13日 自分の新派観劇歴はこちら→1,2,3,4,5,6,7,8,9
 春に観劇した特別企画さろん・ど・まろんの『太夫さん』が素晴らしく、今回も迷わず予約した。

 地下鉄水天宮前駅から徒歩3分の日本橋公会堂の4階、5階が「日本橋劇場」だ。2階席には手すりや前方の席と区切られた台のようなものがあって、舞台前方の見切れが心配だったが、そこにも配慮した舞台の作りで、ほぼ全景を観ることができた。

 もはや記憶が曖昧なのだが、同じ原作を基にした舞台『糸女』(1998年2月 みなと座第14回公演 西舘好子プロデュース 久保田千太郎脚本 西川信廣演出 東京芸術劇場・中ホール)を観劇している。三田和代が主演を勤めた。初演の1991年第4回公演は左幸子がタイトルロールを演じ、その後再演を重ね、みなと座だけでなく、糸女役を引き継いが三田和代の財産演目となった。観劇した会場は現在の同劇場のプレイハウスだが、作品の柄に対して大きすぎた感覚が残る。

 『糸桜』は2016年、劇団新派が河竹黙阿弥生誕二百年記念として初演し、新派の子第2弾企画として2021年の再演につづき(いずれも未見)、今回は、「たった今も(波乃)久里子さんが『進化』し続けているからに他なりません。もっともっと『深化』する久里子さんに対応する舞台にしなければならないからです」(当日リーフレット掲載 齋藤雅文挨拶より)という心意気を以て「新編」と銘打ち、日本舞踊の尾上流家元・尾上菊之丞を迎えての嬉しいお披露目となった。

 筝曲と鳴物の生演奏に導かれて幕が開く。筝曲(下野戸亜弓、樋口千清代)、鳴物(堅田喜三代、望月太左幹、鳳聲月晴、堅田喜衣紗)が下座音楽としても劇中に登場するのが今回の上演の特徴のひとつだ。物語後半、繁俊と激しく言い合う場面の糸女の台詞に絶妙の間合いで鼓の音などが入ると、それはもうぞくぞくするほどだ。糸女の息づかい、心の昂ぶり、声の張り様、からだの動きにまで見事に共鳴しているのである。歌舞伎でも能でも現代劇でもない、まさに新派の、波乃久里子の至芸の名場面だ。

 坪内逍遥の肝いりで、嗣子として河竹家に入る繁俊役の尾上菊之丞は、これがストレートプレイ(という言い方は違和感があるのだが、つまり歌舞伎以外の近代劇、現代劇と理解しています)初挑戦とは思えないほど舞台になじみ、爽やかな口跡で誠実な演技で観客を惹きつける。その妻みつ役は初演から宝塚歌劇団出身の大和悠河である。祝言の日のいかにもなじんでいないぎくしゃく感から、その夜のあれこれを経て身籠り、夫と姑の衝突にもめげることなく、堂々たる「若御新さん」となって立ち向かう変容に無理がない。

 特に印象深いのは糸女の甥にあたる三五郎役の石橋直也である。当初は河竹家の跡継ぎと期待されたが挫折し、ならず者となって時折糸女に金の無心に現れる。本番まで明かされていなかったが、石橋はこの上演において、船頭、不逞の輩、そして終幕には若き日の黙阿弥その人の四役を演じた。最後の黙阿弥は、乳がんを患って旅立ちの迫った糸女の夢の場面である。糸女は文机で書き物をしている父に向って、無邪気に話しかける。子どもに戻っているのだ。こういう年齢や時空を飛び越えた造形に、久里子は演技の手つきや準備を見せない。すっかり年老いて声もしわがれているのに、はしゃいだ口調や父に向ける笑顔は子どもそのもの。しかし子ども時代に時が戻ったということではなく、糸女が生き抜いた年月を経た上での子どものお糸なのである。黙阿弥の作品と作者の家を守り抜いてきた娘を父は労う。よくやったと父から褒められた糸女の喜びようといったら…。その久里子の演技を引き出し、支えたのが石橋直也だ(オフィシャルサイト)。髪を白く染め、ベテランの久里子によるい糸女を相手に、その父親役を演じる。実年齢に逆転した配役だが、若い父親が、老いた娘と語らう微笑ましくも痛ましい場面でもあり、父親よりも長く生きた糸女の半生を生々しく感じさせる効果もあり、石橋もまた作り過ぎをしない。

 齋藤雅文の「御挨拶」を何度も読み返す。「一所懸命の舞台です」と記された通り、俳優は皆一所懸命だ。しかしさらりと自然で嫌味がなく、観客に理解や把握、共感を無理強いしない。だから安心して泣いたり笑ったりできる。「巧い、さすがだ」と頭で考えるというより、心に柔らかく、嬉しく伝わるのである。

 
みなと座のパンフレットと原作。
 
 
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