*鈴木アツト作・演出 公式サイトはこちら (1,2,3,4,5,6,7,8,9,10,11,12,13,14,15,16,17,18,19,20,21,22,23,24,25,26,27,28 第28回公演『ジョージ・オーウェル―沈黙の声』はblog記事無し)。
『ロボット(R.U.R)』、『山椒魚戦争』などで知られるチェコの劇作家・小説家のカレル・チャペックが本作の主人公である(Wikipedia)。物語は1921年1月25日、自身の書いた戯曲の公演初日のチャペック兄弟の家に始まり、1938年12月、半世紀に満たない生涯を終わろうとしているカレルの寝室で終わる。30そこそこの若手作家から、次々に作品を発表してノーベル賞の候補にも選ばれるほど著名で影響力のある存在になる晩年までを、休憩無しで一気に見せる2時間15分だ。
カレル・チャペックは兄ヨゼフは画家、作家、舞台美術家、妻オルガは俳優、親友のランゲルは軍医であり作家というから、自身はもちろん、言葉を扱うこと、とくに母語であるチェコ語への強い愛情や執着を持つ人々との濃厚な交わりがあったことがわかる。人々はチェコスロバキア系とドイツ系の人々との軋轢、ヒトラーのナチスドイツによる侵攻に翻弄されてゆく。チェコスロバキア共和国(1918年~1992年)についてはこちら(Wikipedia)…とてもすぐに理解できる内容ではない…。
劇中カレルが「世界で一番装飾性に富んだ言語」と母語であるチェコ語を称える。ここに彼の誇りとこだわりがある。それは同時に排他的ナショナリズムへの危険性を孕んでいることであり、劇作家鈴木アツトが描きたかったのはこの点であると思う。
鈴木は人物の中に女性ドイツ語教師を登場させ、チェコとドイツの葛藤やカレルの内面を炙り出す役割を担わせた。彼女ははじめは伏し目がちで弱々しい様子だったのが、最後には黒服に身を固め、ナチスドイツの魔手を思わせる黒衣のアンサンブル(男女6名の俳優が演じる)を率い、ドイツ帝国の隆盛を謳い上げる。カレルはナチスドイツから逮捕される前に息を引き取ったが、兄ヨゼフは強制収容所で命を落としている。物語はそこまで描いていないが、前述のように不穏な空気が漂う複雑な味わいの終幕だ。
創作の不安、やっかいな、それゆえ魅力的な相手との恋、家族間の不協和音、友情とのせめぎ合いなどが、チャペック兄弟の居間ひとつに場所を絞ったことでテンポよく、わかりやすく示された。人物が年を重ねてゆく様相も作り過ぎない造形で好ましい。ただ「キモい」という台詞にはいささか驚いた。もはや古い言葉に分類されるものかもしれないが、20世紀はじめのチェコが舞台である本作で発せられるのはいかがなものであろうか。女性の人物の語尾について、「~だよ」といった具合に男性とあまり違わないところがあり、自分の方に古い既成概念があるためかと思うが、違和感は否めなかった。
日本語で書く戯曲で表現することには困難が伴うであろうが、それほど美しいチェコ語が実際にどのようなものであるのか、その響き、装飾性に富んでいることを知り、劇中の人物たちの誇りを実感したかった。
夫婦、親子といった最小単位の人間関係に対する不安や希望をファンタジックな手つきで描いていた初期から、韓国はじめアジアの演劇人との交流によって、作風が大きく変わったと実感したのが『匂衣』であった(2010年初演、2014年再演)。さらに鈴木はヨーロッパの演劇へも視野を広げ、やがて2020年の『エーリッヒ・ケストナー~消された名前~』に始まる「国家と芸術家シリーズ」へと展開してゆく。次回は来年夏、ウクライナ生まれのロシアの作家ミハイル・ブルガーコフを題材の作品になると予告されており、劇作家鈴木アツトの歩く道筋を今後も楽しみにしている。
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