因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

新進翻訳家トライアル・リーディング『アメリカン・パイロット』

2007-09-12 | 舞台
*演劇企画集団 楽天団プロデュース公演 ディヴィッド・グレイグ作 中山夏織翻訳 西沢栄治演出 公式サイトはこちら 『アメリカン・パイロット』公演は12日で終了 14日より『クロウ』がはじまる。中野 スタジオあくとれ 
 行こうと思ったきっかけは、まず演出がJAM SESSIONの西沢栄治であること(1,2,3)、次に下総源太朗が出演すること。もうひとつはこの公演が「新進翻訳家トライアル・リーディング」と銘打ったものであることだ。劇作家や演出家や俳優ではなく、「翻訳家」に光を当てたものであることに惹かれたためである。
 
 できるだけ多くの作品を知りたいと思うが、外国の戯曲は日本語に翻訳してくださる方がいないと読むことができない。さらに読むだけではなく、できれば舞台をみたい。劇作家が戯曲という赤子を生み出そうとしている。それを助け、取り上げる助産士や医師がいて、大切に育て上げる養い親がいる。それが翻訳家であり、演出家、プロデューサーであると思う。当日リーフレットに翻訳をやってみたい、翻訳して欲しい台本、出演、演出希望まで募集が掲載されており、演劇企画集団 楽天団の明確な志がわかる。

 あまり豊かではないどこかの国の小さな農村で、農夫(下総源太朗)は傷ついたアメリカ軍のパイロット(木村有)をうちに連れ帰る。農夫は英語がわからない。果たしてこのパイロットをどうしたものか。村会議員もしている商人(光永勝典)、軍隊の隊長(吉田テツタ)と彼の部下である通訳(高橋康則)たちがやってきて、パイロットの処遇について論争を始める。農夫の娘(中島佳子)は多少英語ができ、自分の考えをちゃんと話すことができる。農夫の妻(江口敦子)は慎み深く、なかなか本心をみせようとしないところがある。彼らにとってパイロットがアメリカ人であることが大変な問題らしく、パイロットを巡るやりとりは混乱し、収拾がつかなくなる。

 俳優では農夫役の下総が一頭地を抜く。頬冠りで顔を赤く塗ったお百姓メイクは何とも言えないが、水をほしがるパイロットの言葉がわからず、しきりに煙草をすすめていたのに、去り際に「水だね」とにっこり笑うところや、娘の結婚相手にと通訳を朝食に誘ったはいいが、通訳がアメリカ留学時代のとんでもない暮らしぶりを暴露するのに困惑するときの表情など、戯曲のト書きに書かれているのか、演出なのか。

 パイロット役はト書きも読む。しかしたとえば「隊長は俺に近づく」といったように、完全なト書き形式というより、周囲と言葉が通じない状況で、パイロット自身の心の中が読まれているようにも感じた。娘の英語も相当にあやふやで、充分な意思疎通はできない。しかしこの二人は何かが通じ合うのだろう、片言英語のとんちんかんなやりとりがふと、温かい手触りの感じられるときもある。それに対して通訳の英語は愚直な直訳であるばかりでなく、パイロットの言うことをほぼまったく理解できない。同じ国のもの同士でも農夫と隊長、通訳、商人の会話は噛み合ず、思いもよらない衝撃的な結末を迎える。言葉による意志の疎通は、他者を理解し受容することはできるのか。「アメリカン・パイロット」は、閉鎖的な状況に暮らす人々の世界に突然やってきた異物であり、違う価値観、自分たちの知らない世界の象徴である。

 ところどころ聞き取れない台詞があったり、特に後半出てくる「ビジョン」?という言葉は、自分が知っている「ビジョン」と同じ言葉なのかわからなかったし、ふとこれが英語圏で上演される場合はどうなるのだろうかと思ったりもした。 翻訳は言葉に取り組むお仕事である。その翻訳家のための公演が、言葉が通じ合わない人々の様子を描いた作品であるというのは(決してそれだけがテーマではないと思うが)なかなかおもしろいと思う。本式に上演するのは手強そうな戯曲だが、是非実現することを願う。客席50あまりの小さな空間で、この世に戯曲が生み出された現場に立ち会えた夜に感謝。
 注:文中のト書きや台詞は自分の記憶によるもので、正確ではありません。

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2 コメント

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初めまして。 (ふう)
2007-10-03 00:26:45
初めまして。
少し前の記事へのコメントで失礼いたします。
戯曲、翻訳etcで検索して、こちらのblogへ参りました。

実は翻訳の仕事をしているのですが、翻訳と同じくらいお芝居が好きで、いつか自分が訳した作品が舞台化されるとイイなぁ~などと夢を見つつ日々修行に励んでおります。
楽天団のような演劇集団があることを知り、修行の励みになりました。ありがとうございました!
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ふうさま、当ぶろぐにお越し下さいましてありがと... (因幡屋)
2007-10-06 00:32:45
ふうさま、当ぶろぐにお越し下さいましてありがとうございました。コメントいただいて、とても嬉しいです。言葉に取り組むことは、「これで完璧、終わり」と言い切れるものではなく、どこまでやってもますます深く、難しいものではないかと思います。でもそれだけに喜びも楽しさもあるはずですよね。ふうさんの夢が実現しますよう、陰ながらお祈りしております。またお運びくださいませ!
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