*瀬戸山美咲(ミナモザ)作・演出 綿貫凛プロデュース 公式サイトはこちら 下北沢/シアター711 12日まで
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大竹野正典は1960年大阪に生まれ、高校卒業後に上京し、映画の専門学校に通うも、唐十郎の紅テントに魅せられて芝居作りの世界に飛び込む。学生結婚した妻と早々に生まれた娘との暮らしのなか、1983年みずからの劇団犬の事ム所を旗揚げ、いくつもの戯曲賞を受ける。1985年に息子が生まれる。1996年に犬の事ム所を解散した翌1997年、新たにくじら企画を設立、佳作を何本も発表するも休筆。執筆の辛さから逃れるように登山に没頭する日々を送る。そして2008年昭和初期の登山家たちの物語『山の声』で復活を遂げるが、翌2009年、海の事故により急逝する。遺作となった『山の声ーある登山者の追想』が第16回OMS戯曲大賞を受賞した。
オフィスコットーネのプロデューサーである綿貫が、大竹野正典の戯曲『山の声』に出会ったのが2012年。以来再演も含めてこれまで9本の作品を上演してきたというから、大変な惚れ込みようである。そして2016年の今年は、ついに大竹野本人を舞台で描くことに挑戦した。綿貫が劇作を熱望したのが、いま若手女性劇作家として活躍中の瀬戸山美咲である。瀬戸山は綿貫の「劇作家その人をもっと知りたい、知ってほしい」という情熱を受けとめ、小寿枝未亡人はじめたくさんの関係者に取材を重ねて本作を書き上げ、演出した。まさに渾身の舞台である。
物語は2009年、大竹野が海で行方不明になった日にはじまり、映画に夢中だった高校時代や、妻との結婚のいきさつ、演劇と出会い、生きる糧を得るための仕事と劇作家業との葛藤や、プロになることを願う妻との確執、登山に没頭してやがて『山の声』に取り組み、完成するまでを振り返る流れで進行する。ほとんど何もない舞台空間で、俳優は高校生から中年までを演じる。
演技の強弱、その舞台ぜんたいのバランス、客席との関係について考えた。大竹野役の西尾友樹、友人役の岡本篤、小田豊までが学生服姿で高校生を演じるところはさすがに無理があった。いや無理は無理でよいのである。問題は、その無理や不自然をどのような趣向として客席に提示するかであろう。
たとえば杉村春子が『女の一生』でおさげ髪の少女を演じるのは、もう特例中の特例であるが、『欲望という名の電車』のブランチの場合は、さすがにひとこと言いたくなる。若作りがうまくできる俳優、作り方というものはたしかにあるわけで、今年の大河ドラマ『真田丸』で、四十代の堺雅人が十代の主人公を演じることには、少年役(子役)から大人の俳優が演じ継ぐ手法ではないものを視聴者に見せたかったのであろうし、堺雅人もそれに応える演技を見せた。
無理や不自然を、舞台ならば否応なく観客が受け入れてしまうということもたしかにある。今回の舞台の場合、非常にテンションの高い演技で高校生を演じており、自分はそれを見つづけ、受け入れることはいささか辛いものがあった。高校時代の場面だけでなく、ぜんたいに俳優は声が大きく、激しい口調の大阪ことばで話す。喧嘩の場面だからどちらも激高して大声になるのはわかる。しかしながら、この舞台、劇場、この場面のその台詞が、この声の大きさ、高さ、熱さをほんとうに必要としているのかと戸惑うのである。
劇中、綿貫凛と思われる謎の女性(柿丸美智恵)が何度か登場する。たしか最初は大竹野がはじめて紅テントを見て衝撃を受ける場面に、大きなつばの黒い帽子をかぶり、赤いワンピース姿で客席後方から通路を歩いて登場する。あたかも唐十郎作品に登場するヒロインの迫力である。その趣向じたいはおもしろい。大竹野のところにいきなりやってきて、戯曲を書いてほしいと懇願する。モーツァルトに『レクイエム』作曲を依頼した謎の男はサリエリのようなところもあり、なかなかおもしろいキャラである。しかしながら、この役はあの台詞の発語、演技の造形が必然であるという戯曲のつくりで、果たしてよいのだろうか。
作り手側の思いの強さや熱さが、観劇した夜の自分には受けとめるのにいささかむずかしかったようである。自分は大竹野正典の作品の上演を見たことがなく、本作観劇で「ぜひ一度」の願いを強く抱いた。綿貫凛、瀬戸山美咲がこれほどまでのめりこみ、(おそらく)愛している大竹野の作品をつぎの機会は逃さずに体験してみよう。そしてそこから自分の大竹野の声や表情を想像してみたい。
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