忍之閻魔帳

ゲームと映画が好きなジジィの雑記帳(不定期)。
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映画「愛に乱暴」表面張力ギリギリの女

2024年08月30日 | 作品紹介(映画・ドラマ)


▼映画「愛に乱暴」表面張力ギリギリの女



08月30日公開■邦画:愛に乱暴

「怒り」「悪人」「横道世之介」など映画化とも縁の深い吉田修一の同名ベストセラーを
江口のりこ主演で映画化した「愛に乱暴」が8月30日より公開。
ドラマや映画に欠かせないバイプレーヤーとしてキャリアを重ねてきた江口のりこは
「半沢直樹」で女性大臣役に抜擢されたのをきっかけについにメジャー化し、
主演ドラマの「ソロ活女子のススメ」は今年でシーズン4を数え、
映画でも2024年だけで「あまろっく」「お母さんが一緒」に続き3本目の主演という超売れっ子になった。
いつも自然体でローテンションな彼女は、きっと今自身の置かれた状況を
狐につつまれたような気分で眺めていることだろう。
撮影は昨夏だったそうで、猛烈に忙しかったはずだが、芝居はノリに乗っていて
主人公の奥底に眠る乾きや寂しさにフォーカスした役作りがとにかく素晴らしい。
共演は小泉孝太郎、馬場ふみか、風吹ジュン。
監督は「さんかく窓の外側は夜」の森ガキ侑大。


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結婚8年目を迎える初瀬桃子は、夫・真守と共に平凡ながら幸せな日々を過ごしてる。
すぐ側には真守の母が住む母屋が、自分たちは同じ敷地内に離れを建て、嫁姑の関係もまあ悪くはない。
家事の隙を見て石鹸教室の講師をし、服装はいつも小綺麗にまとめ、調度品もセンスの良いものを揃えている。
お気に入りの良いカップを使って飲む午後のお茶の時間は、密かな愉しみのひとつ。
お茶の後は、夫のために毎晩手の込んだ献立を考えて腕を振るい帰宅を待つ。
これ以上、何を望むことがあるだろう。
きっとこれは幸せなのだ。これを幸せと言わずしてなんと言おう。
言い聞かせるように日々の生活を送る桃子の周りで、少しずつ不穏な出来事が起こり始める。
愛猫が突然姿を消して戻らなくなってしまい、近くのゴミ捨て場で連続不審火が発生した。
努めて見えないフリをしてきた桃子だったが、忍び寄る不穏な影から次第に逃れられなくなっていく。
時折眺めるスマホに映し出されるのは、不倫関係に悩む女性のアカウントの独り言。
凪いでいた(いや、凪いでいると言い聞かせようとしていた)桃子の心の水面に
微かな振動が始まったその時、タイミングを見計らっていたように夫が口火を切った。

「別れて欲しい」





浴びるほど酒を飲み、20代前半の若造で体を壊した私は
医師に「あなたもう一生分の酒を飲んだんですよ」と言われたことがある。
人にはそれぞれ、一生に消化できるアルコール量が決まっていて、そこを超えると体が拒絶反応を出すのだという。
花粉症も同じで、アレルギーを抑え込む限界値を超えると発症すると聞いた。(*医学的に正しいのかは不明)
日常生活を送る上で少しずつ抱え込む『小さな不満』も、人によって限界値があるように思う。
瓶なのか桶なのかコップなのか、とにかく心の中にその人だけの大きさや形の容れ物があって
溜まりに溜まった不満が溢れ、零れ落ちた瞬間にプツンと心の糸がキレてしまうのだ。
桃子の感じている不満は、ひとつひとつはそれほど大きくはない。
真守が日増しに自分や自分との暮らしに無関心になっていくことも、
義母が猫嫌いなことや、食事のメニューにダメ出しをすることも
かつての職場の上司に会いに行き、体良く追い払われることも
束にさえなっていなければ、飲み込める程度の微量のストレス因子と言っていい。
しかし、日常の些細な不満やストレスは、定期的に解消しなければ延々と降り積もる。
社会人として、妻として、女として。
どの桃子も必要とされていない世の中は、桃子の孤独を加速させる。
解消したくても、その術を持たない桃子は内へ内へと溜め込んでしまう。
遠くで上がっていたはずの放火魔の煙が、桃子のストレス値に合わせるように少しずつ距離を縮め
ついに近所で燃え盛る炎を発見した時、彼女はようやく認めたのかもしれない。
すっかり焼け焦げていた自分という存在に気づき、叫び、嗚咽する。

彼女が守りたかったのはリフォーム予定の家ではない。
ましてお洒落なティーカップでも、妻の座に固執していたわけでもない。
わかって欲しかっただけなのだ。
わかってくれて、ただ一言かけてもらえたら、それだけでもう少し頑張れたのかもしれない。
床下に隠した御守りをチェーンソーで掘り返し、同じ刃を大黒柱に突き立てた桃子に幸あれ。



私は原作は未読なのだが、江口のりこによると映画版は「相当コンパクトにまとまっている」らしい。
綺麗に回収される伏線と、観客の想像に委ねる伏線とがあるのはそのためだろうか。
しかし、私はその、おそらく原作にはあり映画では描かれなかった部分を
俳優陣が理解して演じているのが伝わったし監督の作り出した余白がとても良い効果を生んでいる。
風吹ジュンの演じる姑も、小泉孝太郎の演じる夫も、桃子にとって厳しい面はあるが
彼らには彼らなりの言い分が少なからずあったのだろうと思わせる。



映画の序盤で、真守が桃子の何気ない短いやりとりがある。

真守「飼い猫と野良猫の区別ってどうやってつけてるの?」
桃子「首輪をつけてるかどうかよ」
真守「じゃあ、首輪をつけた野良猫(=元飼い猫)は飼い猫と何が違うの?」

この真守の言葉が映画の最後まで頭に張り付いて離れなかった。

映画「愛に乱暴」は2024年8月30日より公開。


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