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▼映画「Cloud クラウド」割に合わない仕事
09月27日公開■邦画:Cloud クラウド
「スウィート・ホーム」の衝撃的なデビュー以降、「クリーピー 偽りの隣人」「スパイの妻」など
カルト的な人気を誇る作品を連発し続けている黒沢清監督の最新作「Cloud クラウド」が本日より公開中。
クリーニングの作業場で働く傍ら、転売ヤーとしてサラリーの何倍もの利益を上げている主人公が
大量のアンチに目をつけられ、命を狙われる恐怖を描く。
主演は「花束みたいな恋をした」「ミステリと言う勿れ」の菅田将暉。
共演は古川琴音、奥平大兼、岡山天音、松重豊、荒川良々、窪田正孝。
人と距離を取りながら黙々と働く吉井良介(菅田将暉)の秘密の副業は、転売ヤー。
ラーテルのハンドルネームを使い、レアな商品を次々に買い付けては高額で売り捌く。
ハズレを引けば在庫の山、アタリを引けば数百万から1千万円の利益をあげて生活をしている。
吉井と付き合っている秋子(古川琴音)は、彼のやっていることをうっすら理解しつつも
さほど興味はないようで、深入りもしないし手伝おうともしない。
そんな秋子が、吉井にはかえって心地良いようだった。
ある日、買い付けた商品の置き場に困った吉井が群馬の山奥に一軒家を借りて
暮らすと告げると、秋子も喜んで付いて来ることになった。
荷物番や運搬助手など雑務全般の手伝いとして若い青年の佐野(奥平大兼)を雇い、3人での生活がスタート。
早速大きな買い付けを成功させ、意気揚々と出品に励む吉井だったが
ある日の夜、窓ガラスに何者かが異物を投げ込んだのを境に生活が一変する。
ネットワークの世界を題材にした黒沢監督の代表作「回路」から23年。
インターネットの登場によって世の中がこの先がどうなるのか、多くの人がアカルイミライを想像する一方で
漠然とした不安や警戒心を抱く人も少なくなかった2001年に頭をタイムリープさせてみて、
2024年は夢に見ていた通りの世界になったと言えるだろうか。
予想を超える便利さや快適さを手に入れた反面、
予想を超えるネガティブな感情の溜まり場になってしまったような気もする。
昔なら誰かと酒を酌み交わしながら愚痴ったり、こっそり日記に書いて発散していた
不満やストレスの新たな受け皿となったインターネットは
憎悪を共有し増幅するツールとしての機能も持ち合わせてしまった。
会ったこともない人達が同じ攻撃対象を通して連帯し、クラウド上で憎しみを膨れ上がらせていく。
ついには殺意にまで発展したラーテルアンチ達の狂気を、「そんなバカな」と笑うことすらできない。
世の中は、もうそんなところまで来てしまっている。
アイドルのチケットや発売間もないゲーム機など、品薄の商品を見つけては法外な値段で売り捌く転売ヤーは
ネット民から特に嫌われる職業の筆頭であろうし、転売されたものが希少なものであるほど
高額を理由に手が出せない人の怒りは天井知らずに累積していく。
今は開示請求も容易になり、一線を超えた行動に対する防衛手段は増えたが
では、発信者の特定をチラつかせて手を出せなくなった人の憎悪はどこに行くのかと言えば
強い遺恨を残したまま水面下へと潜り、より狡猾に、より凶暴な手段で襲いかかることもある。
実際2018年には、ネットでやり取りしただけの相手をターゲットにした刺殺事件も発生し、
ネット界隈が騒然としたのを良く覚えている。
*ここからネタバレを含みます。読みたくない方はここで止めることをお勧めします。
ラーテルの襲撃に加担するのは、ネットでの派手な転売行為を苦々しく思っていた人達だけでなく
職場の上司や転売業の先輩といった、吉井とリアルでも繋がっている人が含まれている。
「面白くない」が「嫌い」へとクラスチェンジし、殺意に至る過程は参加者それぞれに異なるが
ターゲットがどうしても吉井でなければならない人は、この中にいたのだろうか。
分厚い雲に覆われて先が見えなくなった、報われない生活の不満の捌け口を、
たまたま見つけた(近くにいた)ラーテルこと吉井に向けだけのように見える。
自分を憎んでしまえば、その刃を自身に突き立てなければならず
その勇気もない彼等は、ターゲットを他所に向けたに過ぎない。
ひとりひとりの怒りは、元々それほど大きくはないのだ。
それほど大きくもないのに、徒党を組んだことで立ち止まったり引き返すタイミングを失い、
行き当たりばったりの犯行を完遂しようとしてしまう。
ところで、ターゲットにされた吉井は、本当にそこまで悪い人間なのか。
私も転売行為は断固反対だが、吉井の転売は博打性の高い商売のようなもので
転売に失敗した時は多大な損害も出している。
仕入れリスクを背負い、ダメと見れば原価割れで叩き売ったり
置き場を確保するために転居もしたりと、いわゆる小売業に近い。
ゲームショップなどはほぼこのまんまと言っていい。
贅沢な生活に憧れているわけでも湯水のように遊興費に充てるでもなく
淡々とした生活を送る吉井は、転売に刺激を求めていただけのようにも見える。
小遣いを渡して誰かを列に並ばせたり、特殊なプログラムを組んで瞬時に買い占めたりといった
悪質性の高い転売ヤーとは明らかに違っている。
吉井に殺意を抱く前にもっと他にいるのではと思ってしまった。
本作のストーリーは黒沢監督の知人に実際に転売をしている人がいて思いついたと何かで読んだので
その人が割と良心的(と言って良いか悩むが)な転売業をしていたのかもしれない。
本作の鍵になっているのが、佐野という男だ。
吉井の転売業を絶賛し、業務も手伝わせて欲しいと擦り寄ってくるが
家族構成やどこに住んでいるのかもよくわからない偽りの隣人。
人馴れしていない吉井は怪しむが、佐野は御構い無しに距離を詰めてきて
あれよあれよと全てを見透かされ、後半は吉井と佐野のバディが襲いくる暴漢を
次々に撃破する銃撃戦へと突入する。
佐野には怪しげな処理担当(松重豊)までいて、一体何者なのかもわからない。
犯人グループも含めて、一体どこから大量の銃を調達したのかも不明なまま。
ひとつ気になり始めるとあれもこれも気になる数々の疑問を、佐野の何事にも動じない淡々とした口調が不問にする。
佐野を演じた奥平大兼は「Mother」で長澤まさみを相手に息子役を好演してから
僅か4年でこんなにも成長したのか。そしてまだ21歳というのも驚き。
映画の前半は、特にバスのシーンなどは「回路」や「CURE」を彷彿する
黒沢節全開の静かなホラー映画といった趣だったのだが、
窪田正孝や荒川良々が怪演を連発する後半は
「あれ、三池崇史作品だったかな」と錯覚するほど闇鍋的な娯楽作品へと変容する。
「人を歪めてしまう、形を持たない何か」に振り回された人々の争いが決着し、
秋子すら手放していよいよ独りになった吉井を待つものは
どんよりと垂れ込める厚い雲と、回し車に乗ったネズミのように走り続けなければならない未来。
呆然とする吉井と同じく、私も黒沢監督の手のひらでまんまと踊らされた気分だった。
黒沢監督の作った世界に身を投げて任せてしまうことが難しい方には
説明不足で意味不明な作品との烙印を押されかねないが、
過去の名作を想起しながらパワーの衰えない新作を楽しめるので
「回路」や「CURE」「叫」「ドッペルゲンガー」あたりがお好きだった
黒沢ファンなら劇場で観て損なし。
映画「Cloud クラウド」は現在上映中。
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