▼Amazonプライム「アイ・アム セリーヌ・ディオン ～病との闘いの中で～」完璧主義の功罪
配信中■洋バラ：Amazonオリジナル｜アイ・アム セリーヌ・ディオン ～病との闘いの中で～
Amazonが独占配信権を手に入れた「アイ・アム セリーヌ・ディオン ～病との戦いの中で～」が25日より配信開始。
スレンダーな体からは想像もつかないパワフルボイスで世界を魅了していたセリーヌ・ディオンは
2022年12月に自身のSNSで自己免疫疾患のスティッフ・パーソン症候群と闘病中であることを公表した。
進行すると中枢神経系に影響を及ぼし、身体の硬直や痙攣を引き起こすもので
腕、顔、足など身体中の筋肉が硬くなる症状が出る。
パーキンソン病や多発性硬化症、線維筋痛症にも似ているが別の病気らしく
私もセリーヌが公表するまで知らない病名だった。
日本でも何名かの方がスティッフ・パーソン症候群の診断を受けていて
発症年齢の平均は51歳、およそ75%が女性とのこと。
著名人ではエッセイストの中村うさぎも公表している。
アカデミー賞やエミー賞のノミネート経験を持つドキュメンタリー監督のアイリーン・テイラーが
100万人に1〜2人と言われる難病と闘うセリーヌに密着し完成した本作には
カメラを回している最中に発作を起こした時の映像もノーカットで収録されている。
カッと目を見開き、足を宙に浮かし手を捻じ曲げたまま硬直するセリーヌから溢れ落ちる涙を見て
あまりの辛さに目を背けそうになったが、スタッフの「カメラを外に出すか」との問いにNOと答える彼女から
強い使命感を感じ取り、最後まで見続けることにした。
おそらくセリーヌは、まだ聞きなれない病名を多くの人に知ってもらい、
治療法の確立されていないこの病気の研究が進むようにと、自ら広告塔を買って出たのだと思う。
歌手にとっての喉は、板前にとっての包丁のようなもの。
身ひとつあればどこででも歌えるのは、「包丁一本晒に巻いて 旅に出るのも板場の修行」と同じ。
後ろに楽器があって、メインにボーカルがあるわけじゃなくて、ボーカルも楽器のひとつなの。
ギターがあってベースがあってドラムがあってキーボードがあって、
声という管楽器をシンガーが使ってアンサンブルが完成する。
他の楽器と違うのは、一心同体だということ。
老化による音色の変化は避けられないし、ダメになったからといって取り替えもきかない。
錆びたり傷んだりした部分をいかに愛し、受け入れ、コントロールしながら
長く歌い続けられるかが腕の見せどころなのよ。
親交のある某アーティストとの会話で出てきたこの言葉を、私は今でもよく覚えている。
「歌が好きで、一生歌っていたいなら売れない方がいい」としばしば言われるが
ひとたび売れてしまったら、巨大なビジネスに取り込まれ逃げ場はなくなってしまう。
全世界の総売上枚数が2億枚を超え、世界の音楽史上最も売れたアーティストとも言われる
セリーヌ・ディオンとなれば尚更だったろう。
サポートするミュージシャン、ツアーに帯同するスタッフ、何千人もの生活が彼女の肩にかかっている。
病気を公表するまでにどれほどの量の薬を飲み、一日延ばしにしてきたのか。
完璧主義でプロ意識の高い彼女の性格が、病魔がより深く体を蝕む隙を与えてしまったのではと思えてならない。
全盛期のレッスンの様子や、近年のレコーディング風景など
作中のセリーヌは「聴衆の求めるセリーヌ・ディオン像」を頑に守ろうとしている。
パワフルで音域の広いボーカルから「世界一喉の強い歌手」とまで言われ、またそう自覚していたであろうセリーヌにとって
囁くように歌う別のアプローチを受け入れるのは敗北にも等しいのかもしれない。
若い頃と同じパフォーマンスが出来なければ即『劣化』と口にする野次馬など無視して
「どんな形でも良いので歌い続けてくれれば嬉しい」とするファンの声に耳を傾けてくれれば
もう少し早くに適切な治療を始められたのではと考えてしまう。
だからこそ彼女は世界の歌姫たり得たのだ、とも思うが、代償が大き過ぎる。
歌手セリーヌ・ディオンにとって、歌っていないのは死んでいるのと同じこと。
歌うことがストレスになり、ストレスが発作を誘引すると言われても
全身を引き裂かれるほどの痛みに耐えてでも、もう一度スポットライトを浴びてマイクの前で歌いたい。
満身創痍でレコーディングに挑んだ「Love Again」は、これまでのファンはもちろん、
もしかしてこれまでの彼女の歌声がそれほど好きではなかった層にも届くのではないか。
病は奪うばかりではなく、きっかけ与えたり幸せを再確認させてくれたりもする。
前途は多難だろうが、少しでも喜びの多い人生でありますように。
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余談。
監督のアイリーン・テイラーの視点は、「FAKE」の森達也監督に少し似ている。
全面的に寄り添っているようで、全肯定もしていないような、ちょっと怖くなる瞬間が何度かあった。
私の思い過ごしかもしれない。
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