中国にデフレ圧力がのしかかっているが、市場は中国政府の繰り出す財政支援に期待し、中国株は高値圏での推移を続けている。デフレ圧力と株高の綱引きはどちらが強いのか。筆者は中国政府の実施している強力な空売り規制や自社株買いへの資金融通を行っており、株高は継続すると予想している。つまり中国の株価は実体経済の鏡ではなく、特殊なマネー運用の場になっていると言える。
言い換えれば、株高が継続しても中国経済にかかるデフレ圧力は弱まらず、消費の停滞が継続し、そこに米欧の対中規制が加わって輸出が伸び悩めば、国内の過剰生産力は行き場を失って出口の見えない「不況」に直面することになりかねない。6兆元とも言われている財政資金の投入先を間違えて、住宅価格下落にストップをかける政策に手を付けなければ、消費の停滞に歯止めをかけることができず、まるで「砂漠に水をまく」ことになりかねない。中国経済の長期停滞は、ドイツなどの欧州勢だけでなく対中輸出比率や現地生産の高い日本企業にとっても痛手になるだろう。
<9月CPI・PPIが示すデフレ圧力の高まり>
中国国家統計局が13日に発表した9月消費者物価指数(CPI)は、前年比プラス0.4%と8月の同0.6%から減速し、市場予想の0.6%を下回った。変動の激しい食品価格と燃料価格を除いたコアインフレ率は同0.1%となり、8月の同0.3%から伸び率が低下してデフレ圧力の強まりを示した。
9月生産者物価指数(PPI)の落ち込みはさらに大きく、前年比マイナス2.8%と8月の同1.8%から下落幅が拡大。落ち込み幅は過去6カ月で最大となった。
<下げ止まらない住宅価格、デフレの震源地>
このCPIとPPIの低迷をもたらしている最大の要因は、9月25日の当欄でも指摘したように住宅価格の下落による個人の消費マインドの大幅な悪化だ。中国の消費者は富裕層だけでなく中堅所得層も住宅を購入して財産を保全している割合が多い。
その住宅価格は、国家統計局の集計している8月新築住宅価格指数で、主要70都市のうち67都市が前月比マイナスとなり、半数を上回る都市で下落は15カ月連続だった。
一方、ロイターの報道によると、中国の不動産調査会社チャイナ・インデックス・アカデミーがまとめた9月の国内100都市の新築住宅価格は前月比0.14%の上昇だった。だが、100都市中、値上がりしたのは17都市で、8月の35都市から減少しており、住宅価格の下落に歯止めがかかっていないことが浮き彫りとなっている。
<6兆元の特別国債発行、使途を誤れば「砂漠に水をまく」ことに>
これに対し、中国の英文メディア「Caixin Global(財新国際)」は14日、同国政府が景気支援策に使用するため3年間で6兆元(125兆8000億円)の特別国債を発行して追加の資金調達する可能性があると、複数の関係筋の話として報じた。この中で、資金使途として一部を地方政府の簿外債務の処理に使用すると伝えられた。
筆者は、中国政府が住宅価格下落に歯止めをかける政策を打ち出さない限り、中国経済のデフレ基調は解決されず、消費の低迷が継続すると予想する。保有する住宅の価格が毎月、減価しているということは自分の財産がどんどん目減りしているということであり、その状況で電気自動車や家電製品の購入で割引サービスを受けても、購入意欲が強まらないのは当たり前のことだ。
<輸入低迷が示す中国経済の不調、輸出不振続けば企業のリストラ加速へ>
この消費の低迷が長期化すると、中国企業は在庫の増加に対応して生産調整を余儀なくされ、それが悪化すれば賃金引き下げや雇用カットにつながる。その悪い流れが早くも表面化してきているのではないかと推測されるデータが発表された。
それが9月の輸入の低迷だ。中国税関総署が14日に発表した9月貿易統計(ドル建て)によると、前年比プラス0.3%にとどまり、市場予想の同0.9%と8月の同0.5%をいずれも下回った。低調な輸入の伸びは国内経済の活動が不活発であることを示している。
さらに輸出の伸びが鈍化していることも中国経済の先行きに暗い影を投げかけている。9月の輸出は前年比プラス2.4%と5カ月ぶりの低い伸びとなった。中国政府は弱い内需を輸出ドライブでカバーしようとしていたが、中国製品に対する世界的な需要の弱さや米欧で始まった中国製品への課税強化などの動きも加わり、輸出の先行きは一段と厳しさを増すと予想する。
悪いシナリオが実現すれば、操業度の低下した中国企業がコストカットに走り、賃金の引き下げや雇用調整を実施することが想定される。この動きに発展すると、デフレ色は一段と務まっていかざるを得ない。
<実体経済とかい離する中国株上昇>
他方、中国政府による景気刺激策に期待した中国株価の急上昇が足元で目立っている。上海総合指数は今年9月には2700ポイント付近で推移していたが、10月には3674ポイントまで急騰。その後は調整が入って3200ポイント前後での推移となっている。
中国政府による財政資金の投入で中国景気が上向くとの期待感が刺激されているだけでなく、空売り規制の強化や自社株買い資金の調達を可能にすることを目的に人民銀行が商業銀行に最大3000億元の低利融資を提供するという対応策も加わって、中国株が上がりやすく下がりにくい構造になっていると言える。
こうなると、中国の実体経済にデフレ圧力がかかり続けたとしても、当面は中国株の高値圏での推移が続くということになるだろう。中国経済の実態と中国株の水準は切り離されたと存在とみなすことも可能と筆者は考える。
<大手国有銀への公的資金注入、佐々波委員会の失敗に酷似>
だが、市場が注目した金融システムの安定化に向けた特別国債の発行による大手国有銀行への公的資金注入は、公的資金の注入額が公表されていないだけでなく、国有銀行の不良債権額も発表されていないため、その効果は全く未知数と言ってよい状況になっている。
この中国当局の対応を見て、筆者は日本における1998年のいわゆる「佐々波委員会」による大手行への公的資金注入を思い出してしまった。
日本では1998年3月、預金保険機構の金融危機管理審査委員会(佐々波楊子委員長)が主要21行に約1兆8000億円の公的資金を注入したが、市場による経営不振行のあぶり出しを恐れた当局は一律に資本額を決めた。
しかし、後から振り返ってみると、不良債権処理を抜本的に進めるにはあまり過小な額にとどまり、本質的な解決には貢献しなかったとの評価が固まっている。
中国当局の対応を見ていると、当時の日本の当局と似ているところが極めて多い。不良債権額の総額公表を拒み、少額を逐次投入していく間に事態は深刻化し、最終的に投入する公的資金の規模が膨張していくということだ。
<住宅価格下落放置なら、中国のデフレ転落に現実味>
このまま、中国の当局が住宅価格の下落を放置していると、デフレ圧力との闘いは長期化し、中国政府の財政状況を想定以上に悪化させることになると予想する。
世界第2位の経済大国のデフレ転落という事態が現実化すれば、日本にも大きな衝撃が到達するだろう。長く日本の金融・経済を取材してきた筆者にとって、中国の政策対応と市場の一喜一憂する反応は「どこかで見たことがある」という印象をぬぐい去ることができない。