衆院選で大敗した石破茂首相(自民党総裁)は28日午後に会見し、厳しい安全保障環境や経済環境の下で「職責を果たしたい」と述べ、引き続き政権を維持していく強い意志を表明した。ただ、自民党と公明党の与党だけでは衆院の過半数である233議席を下回る215議席しかなく、このままでは特別国会で石破氏が首相に指名されても1994年4月の羽田孜内閣以来の「少数与党」になる。
少数与党では、これから審議が予定される2024年度補正予算案や25年度予算案、それを執行するための関連法案の成立のメドが立たず、政権が立ち往生して総辞職に追い込まれるリスクが高くなる。28日の東京市場で日経平均株価が前週末比691円61銭(1.82%)高の3万8605円53銭と反発したが、少数与党の「危険性」を織り込んでいないと指摘したい。
石破首相が「党派を超えて優れた方策を取り入れ、意義のある経済対策、補正予算を実施していくことが必要だ」と低姿勢で述べたのも、政策で一致できる政党と合意を形成しなければ、補正予算の成立さえ見込めないためだ。同時に補正予算編成の過程で、政策で一致できる政党が現れて25年度予算案でも共同歩調が取れる「信頼感」が醸成できれば、「部分連合」という名の新たな枠組みの形成が可能とみる「意欲的な戦略」が隠されているとも読み取れる。石破カラーが発揮され、予算案成立のメドが立つことになるのか、今後の日本の政治・経済情勢を大きく左右しそうだ。
<与党過半数割れ、株高の背後に財政拡張への期待感>
衆院選の結果は、自民党が公示前の247議席から56議席減の191議席となり、32議席から8議席減の24議席に後退した公明党と合わせても215議席にとどまった。一方、立憲民主党は98議席から148議席に躍進し、国民民主党は7議席から4倍増の28議席となった。日本維新の会が38議席、れいわ新選組が9議席、日本共産党が8議席、参政党と日本保守党が3議席、社民党が1議席など新勢力が決まった。
28日の日経平均株価は、与党の過半数割れは織り込み済みで、野党の政策に自公両党が歩み寄れば、財政拡張的な政策が採用されて株高になるとの期待感が浮上。ドル/円が153円台のドル高・円安に振れたことも加わって大幅な反発となった。
<維新・国民代表とも、連立入りを強く否定>
だが、この市場の反応には落とし穴があると筆者は指摘したい。まず、維新の馬場伸幸代表は27日夜のNHKの番組で、与党過半数割り込れのケースについて「今の与党に協力する気は全くない」と述べ、連立政権入りを否定。国民民主の玉木雄一郎代表も28日、「(自公)連立(政権)に入らない」と記者団に述べた。
来年夏の参院選を前に、政治とカネの問題で国民の批判を受けて惨敗した自公の連立に簡単に入れば、自党の支持率が急低下する可能性が高まり「ドロ船」には乗らないとの意向が強くにじみ出ていると感じられる。
<少数与党、予算案や法案の成立メド立たず>
もし、両党ともに与党提案の法案に反対すれば、一般法案だけでなく予算案や予算関連法案も全て否決されることになり、石破政権はたちまち行き詰まりを露呈してしまう。自公連立政権との取引のバーを上げている両党が簡単に歩み寄るとは考えにくく、その意味で現段階では補正予算案や関連法案の成立も見通せていないのが現実だ。
この日の株価の動きを見ていると、自民党1強時代の法案審議のあり方に慣れきってしまい、少数与党の内閣の脆弱さをあまりにも軽視しているように見えてならない。
<補正の政策検討、他党に門戸開放の用意 石破首相の狙い>
一方、石破首相は現状の困難さを十分に認識した上で、したたかな戦術を駆使しようとしているように筆者の目には映る。
石破首相は28日の会見で、今回の衆院選で議席を伸ばした政党の主張について「取り入れるべき点については取り入れることにちゅうちょしない」と発言。そうした手段を講じながら「意義のある経済対策、補正予算を実施していくことが必要だ」と語った。
また、今の時点で新たな連立の枠組みを想定しているわけではないが、政策を協議していく過程での信頼感の醸成が重要になってくるとの見解も示した。
<補正成立から本予算成立への道筋、部分連合への思惑か>
つまり、能登半島の災害復旧などを含む24年度補正予算案の編成過程で、ある政党の主張を取り入れた政策を盛り込み、補正予算案と関連法案にその政党が賛成することになれば、それが信頼感の醸成につながる。その先にある2025年度予算案の編成でさらに大きな歩み寄りが可能になれば、25年度予算案の衆院通過や成立に大きなメドが立つことに発展し、そのこと自体が事実上の「部分連合」として機能する、との読みがあるのではないかと筆者は指摘したい。
28日に国民の玉木代表は連合本部に芳野会長を訪ねた際、「良い政策があれば協力するし、だめなものはだめと言っていく」と芳野氏に伝えたという。
<特別国会召集、先送りも 石破首相の狙いは何か>
石破首相は28日の会見で、首相指名選挙を行う特別国会の召集をいつ行うのか、との質問に対し「憲法54条では(衆院選の)投票日から30日以内に開かれなければならない、とされており適切に判断する」と述べた。与党内では当初、11月7日に召集する案が検討されていたが、それにはこだわらないとの見解を示したとみられる。
召集日を先送りすれば、それだけ政策で合意できる政党との話し合いの期間をより長く設定できる。今後の事を考えれば、特定の政党と政策合意の大枠ができて首相指名選挙に臨んだ方が、はるかにその後の政権運営が安定する。
補正予算案の中身での新たな政党との合意は、石破政権の命運を決めると言っても言い過ぎではないだろう。
実際、1994年の羽田内閣は、社会党が内閣発足前に連立を離脱して少数与党に転落。6月に内閣不信任決議案が可決される見通しとなり、戦後では2番目に短い64日で総辞職を迎えることになった。
石破内閣における新たな政党との政策合意の重要性が、読者の皆様にもご理解いただけたかと思っている。