ドル/円の行方を大きく左右する10年米国債利回り(長期金利)は、29日のNY市場で4.2561%で取引を終えた。米大統領選で共和党のトランプ前大統領が当選する可能性が高まっているとの声がマーケットでは多くなっており、いわゆる「トランプトレード」によって米長期金利は11月5日の米大統領選まで4.25%前後で推移し、トランプ氏当選の場合は4.5%を目指して上昇するとの予想が広がっている。
このためドル/円も152円から155円のレンジで推移し、トランプ氏当選のケースでは160円目指しの動きになるという予想が次第に多くなってきた。国内の政治情勢をみても、少数与党に転落した石破茂首相が国民民主党との間で政策合意を目指していると伝えられ、財政拡張的な政策が採用されやすくなっており、この点も円安要因となる。ドル/円が155円を突破してドル高・円安が加速する可能性もあり、あす31日の会見で日銀の植田和男総裁が円安進展の可能性と金融政策の先行きについて、どのような見解を示すのか注目される。
<トランプ氏優勢か、米長期金利にかかる上昇圧力>
日本の衆院選が終わり、マーケットの関心は11月5日の米大統領選の結果に集中しつつある。リアル・クリア・ポリティクスによると、10月29日時点で全国レベルでの支持率はトランプ氏がハリス副大統領に対して48.6%対48.0%とリード。大統領選の帰すうを決める接戦7州では、ミシガン州を除きトランプ氏が僅差でリードしている。
複数の市場関係者によると、トランプ氏の当選を予想したドル買い・株買い・債券売りの「トランプトレード」の動きが次第に強まってきており、29日のNY市場で米長期金利は一時、4.33%と約4カ月ぶりの高水準となった。その後、7年米国債入札の結果が好調だったことを受けて4.25%台で取引を終えた。
<財政赤字の拡大と関税引き上げ・物価上昇>
トランプ氏が当選すると、米長期金利に大きな上昇圧力がかかるとみられている理由として、2つの点が挙げられる。1つは、トランプ氏の積極的な減税政策などで財政赤字が大きく膨らむと予想されていることだ。超党派の米シンクタンク「責任ある連邦予算委員会(CRFB)」は今月7日、トランプ氏が公約に掲げる税制・支出計画は、ハリス副大統領の計画の2倍以上の新規債務を生み出す可能性があると公表した。
もう1つは、対中国など外国製品に大幅な関税を課すというトランプ氏の公約によって、輸入物価が急上昇し、米国の消費者物価指数(CPI)を押し上げ、これが長期金利上昇として反映されるルートだ。対中の輸入関税は60%に引き上げ、中国がイランとの貿易を継続すれば100%に引き上げるとも主張している。その他の国からの輸入品には10%の関税をかけるといていたが、最近になって20%に引き上げるとも述べてる。
市場関係者の間では、大統領選の結果が出るまでは4.25%ないしそれを上回る水準まで上昇してもおかしくなく、トランプ氏の当選が分かれば4.5%方向にジャンプしてさらに上がる可能性もあるとの見方が浮上している。
<トランプ氏当選なら、円安加速も>
米長期金利の上昇は、ドル/円でのドル高・円安に結びつきやすい動くが最近では目立っている。30日の東京市場でドル/円は153円台での推移が続いたが、トランプ氏の当選が判明した段階で155円を突破するとの予想が多くなっている。
一部の市場参加者は、米長期金利の上昇が止まらないような状況になれば、短期的にドル/円が160円台に乗せる可能性もあると予想している。
<円安に2つの国内要因>
この円安バイアスの強まりは、27日に投開票された衆院選の結果と、それに伴う政治状況の激変という日本国内の要因にも刺激されていると筆者は考える。
1つ目は、自民党と公明党の連立与党で衆院の過半数である233議席を18議席下回る215議席にとどまり、少数与党に転落して政策推進能力が大幅に低下したばかりか、内閣不信任案を提出された場合に容易に可決される環境にあるということが、海外勢から見れば明白な円売り材料と映っていることだ。
2つ目は、足元で進展しているとみられる自民党と国民民主党の政策合意に向けた協議の進展状況だ。石破茂首相と自民党は、国民民主党との合意ができなければ2024年度補正予算案も可決できない状況であるため、国民民主党の主張を大幅に飲む可能性があると筆者は予想する。
103万円の基礎控除と所得税控除の合算額の引き上げをはじめ、ガソリン税に上乗せさて来た旧暫定税率(2010年からは期限を設定しない特例税率に改正)の廃止など国民民主党の主張を受け入れれば、その財源の一部として国債の発行も視野に入ると予想する。財政拡張的な政策を従来よりも強いられるということになれば、それは円売り材料として多くの市場参加者が意識するのではないか。
<植田総裁会見、「時間的な余裕」に言及するのか注目>
ドル/円が155円を突破してさらにドル高・円安に振れ、160円台に乗せるような状況になれば、輸入物価の上昇を通じて日本のCPI上昇率を押し上げる働きをすることになる。
植田総裁は24日のワシントンでの会見で、次の追加利上げの判断までには「一応、時間的な余裕がある」と述べた。
31日の会見で、植田総裁が米長期金利の動向と関連してドル高・円安の圧力が高まるとみているのか、その際に日本の物価や消費へのインパクトについて、どのような発言をするのか注目される。
仮にワシントンでの発言を踏襲して「時間的な余裕がある」と明言すれば、次回の12月金融政策決定会合における利上げの可能性に関し、市場の期待感は低下すると予想する。
同時に植田総裁の発言を受けてドル高・円安が一段と加速する可能性も捨てきれない。植田総裁の発言に対する内外の市場関係者の注目度は、相当に上がりそうだ。