「火野正平に似ている」
これまでに幾度となくそう言われてきた。
以下は、そんなぼくとぼくの家族のあいだで、かつて繰り広げられた「ひの的エピソード」だ。
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「宅急便が届いちゅうよ」
「誰から?」
「自分がなんか注文したがじゃない?」
「いやー覚えがないなぁ」
大きなその荷物の送り先を確認しようと持ってみると、やけに軽い。
「これだから、Amazonってやつはイヤなんだ」
これまでに、いく度口にしたか知れない独り言をまたつぶやきつつ、送り先を読もうとして愛用の遠近両用メガネをかけていないことに気づく。まこと年寄りというのは面倒くさい。
メガネをかけて仕切り直すと、その大仰な図体に比して異様に軽い荷物は、予想に反してAmazonではなくZOZOからだ。表書きには、首都圏に住む次女の名前が記されていた。
さては…
「父の日のプレゼントかなー」
勝手に決めつけ急いであけると、贈答用とおぼしき銀色の包みが。
ピンと来た。
「なに?」
妻が訊く。
「ほれ、アレよアレ。この前の父の日の。CMの。動画を。ほれ。見せたやろ。アレ」
「わからん」
「たぶんシャツ」
喜び勇んであけたその中身は、われながらのご名答。バンドカラーのワイシャツだった。
「ほれ、わかるやろ?」
身体に合わせて妻の方を向くと
「あ、ヒノショーヘイか」
気づいたようだ。
そう、さかのぼること3日前の日曜日、父の日のプレゼントだといってメーカーズマークを持ってきてくれた長女が
「こんなんあるで」
と教えてくれたCMのなかで、火野正平が着用していたものと同じバンドカラーのホワイトシャツだ。
たしかにあの日、あの動画を、
「こんなシャツを着てみたくなった父なのであります」
という言葉とともに送ったぼくに次女が返した短い言葉は、
「ええやんか」
そうか…
なんにしても、贈り物、特に思いがけないそれはうれしいものだ。
「着てみて」
妻の口からその言葉が出たそのときにはすでに、着ていたポロシャツを半分ほど脱ぎかけていたわたしが、その贈り物を身につけ、ヒノショーヘイ然とした(つもり)ポーズをとり、写真を撮ってもらうまでにさほどの時間はかからなかった。
もちろん、テーブルの上にはメーカーズマークの瓶と、手にはロックグラス。
ところが、切り撮られた画像に写っているのは、かの稀代のプレイボーイとは似ても似つかぬオジさんだ。
やれやれ…これが現実だ。
気をとりなおして娘たちに画像を送る。
「色気も渋さもナッシング」
自虐的なコメントをつけて。
さっそく返事がやってきた。
長女からだ。
「爆笑」
と一言だけ。
ほどなくして届いた次女からの返信にはこう書かれていた。
「家がおしゃれじゃない」
(ほっといてくれ)
「なんか僧侶感がすごい」
(たしかに)
「日に焼けてみたら?」
すると、また長女から矢継早のLINEだ。
「ちょっと角度とライティングが」
「もう少し遠くから低めに暗く」
「縁側で後ろ姿はどう?」
時は2020年初夏、かくして親父ヒノショーヘイ化プロジェクト粛々と進んでいく。
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と
いっとき、娘たちに遊ばれた昔を思い出し、在りし日の火野さんを偲ぶ。
謹んで御冥福を祈り、合掌。