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その1 → プロローグ
その2 → (談志の)『文七元結』
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談志は、長兵衛の贈与を「美談」とすることを拒絶します。長兵衛が文七に共感し、青年を助けたいという良心を起こして五十両を差し出すという解釈を退けます。
談志は一体、長兵衛の行為をどう捉えているのか。ここに私は贈与を考える重要なポイントがあると思っています。
(P.21)
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このあと中島氏の筆は、親鸞、そして宇多田ヒカルと論を展開していきます。そこでのポイントとなるのが「業」です。
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「業」とは、It's automaticなのです。私たち衆生の業もオートマティックなものですが、仏の業もオートマティックなものです。仏は衆生を救ってしまうのです。煩悩にまみれ、悪人としてしか生きることのできない私たちを、必ず救済する。そんな「他力」は、止まらないものです。
仏はどうしようもなく、私たちを救済してしまう。だから仏の「業」なのです。
(P.39)
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談志は自らの著書『「現代落語論」其二 あなたも落語家になれる』のなかで、こう言っています。
「落語とは、ひと口にいって『人間の業の肯定を前提とする一人芸である』といえる」
これは立川談志の落語論の要で、彼はさまざまな場所やメディアを通じて生涯ことあるごとに、「落語とは業の肯定である」と言いつづけました。
それをふまえた中島岳志的謎解きはこうです。
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ポイントは、長兵衛が文七に五十両を渡すことが「業の力」だということだと思います。そうでなければ、「落語は業の肯定」という談志の卓越した定義が破綻してしまいます。
私は、ここに「人間の業」と「仏の業」が同時に働いていると考えています。凡夫の「どうしようもなさ」という「業」が、「利他の本質」へと反転する構造こそ、文七元結の構造だと思います。
(P.49)
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ここで中島氏は、もうひとつの重要なポイントとして、五十両を出すと決心した長兵衛が文七に言った「たった一つだけの頼み」をあげます。
それをすれば娘お久は苦海へ身を沈めざるを得ない。しかしながらそれをどうすることもできない自分。だったら五十両を出さなければよいだけじゃないか、と思うのがふつうなのですが、現代の常識や規範を当てはめることしかできないわたしなどは、どこからどう考えても理解できずに首をひねるばかりのその不思議さがこの噺を成り立たせています。
「どうしようもない」自分を認め、娘の前でさらけ出した。そしてその「どうしようもなさ」から立ち直るきっかけを佐野槌の女将から与えてもらった(この談志の女将が凄みがあって絶品なのですがそれは置いときましょう)。「どうしようもない」自分と向き合って生きていこうと決めたすぐあとに身投げをしようとする文七に出会い、何を血迷ったか五十両をあげてしまう。それによって、さらに「どうしようもない」自分へと、あろうことか自分自身の手によって突き落としてしまう。そのとき長兵衛の口から出たのが、「だったら頼みが一つある」「金毘羅様でもお不動様でもいい。拝んでくれ」という言葉でした。
長兵衛は、自分自身の行為が、あとになって自己の利益となって返ってくるとは夢にも思わなかったにちがいありません。つまり、五十両を出すという行為は、それによって未来の自らに利益がもたらされるという結果を前提とした意図的なものではなかったのです。
そのときに身体の内から絞り出された言葉。
それが「拝んでくれ」でした。
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自分はどうしようもない人間である。そう認識した人間にこそ、合理性を度外視した「一方的な贈与」や「利他心」が宿る。この逆説こそが、談志の追求した「業の肯定」ではないでしょうか。
(P.55)
「利他」というのは、何か単独で「利他」という観念が成立しているわけではありません。大きな世界観の中で、無意識のうちに、不可抗力的に機能しているものです。重要なのは「利他」が「利他」と認識されない次元の「利他」です。
長兵衛は、霧の吾妻橋で、そんなところに立っていたのだと思います。
(P.57)
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数の言葉ヒフミヨ(1234)を大和言葉の【ひ・ふ・み・よ・い・む・な・や・こ・と】の平面(2次元)からの送りモノとして眺めると、自然数の量化の姿(構造)が観える。
『ヒフミヨ ヒンメリ』のコアの軸の象徴の[√8]が、≪…不二…≫として[円]の一歩[1]の歩みが創る[ながしかく](1×2)で対角線(√5)は、ヴェシカパイシス(神聖幾何)の現れだ。
[円]の4等分が創るカオスな弦(√2)をコスモスな[2]にすると、[ながしかく』の『半分こ』の[直角三角形](√2 √8 √10)に生る。
これこそが、√5から√10 への変身で、根(√)が在っても無かっても成り立つコトに想う・・・
(√2)²+(√8)²=(√10)²
2 + 8 = 10
ヒフミヨは冥途の土産勾股弦
因みに、√5 は、
2.2360679(富士山麓オウム鳴く)