でいちゅう‐の‐はちす【泥中の蓮】
《「維摩経」から》汚れた環境の中でもそれに影響されずに、
清らかさを保っていることのたとえ。
中インド、バイシャーリーの長者ヴィマラキールティ(維摩詰、維摩、浄名)が病気になったので、釈迦が菩薩や弟子達に見舞いを命じるが、以前に維摩にやりこめられているため、誰も理由を述べて行こうとしない。そこで、文殊菩薩が見舞いに行き、維摩と対等に問答を行い、最後に維摩は究極の境地を沈黙によって示した。全編戯曲的な構成の中に旧来の仏教の固定性を批判し、在家者の立場から大乗の空の思想を高揚した初期大乗仏典の傑作である。(Wikipediaより)
維摩様と文殊菩薩様は、
非常に気が合い、
良く論法を戦わせていた
そうです…
写真は、蓮ではなくて、スイレンですが…(笑)
新しいカメラ、慣れましたか。最初は戸惑うかもしれませんが
写真の表現力は格段のものがあります・・・。
”もろもろの事象は過ぎ行くもの” 僕自身も変化してます。
誤解を招くような書き込みもしましたが、やはり、好きなものは好きです。
あなたのこころ、菩提心。そして、その現れである素敵な文章、
光溢れ、透明感のある写真、どれもみんな大好きです。
だから応援したい。もっともっと素敵は貴女になってほしいと。
貴女の光あるつぶやきに多くの人のこころが響くのです。
ぼくもその一人です。ああすっきりしました。
”書き込み方”合格点もらえるかな あはは!
ありがとうございます。
写真というものは、大きく伸ばして見て初めて
その実態がわかるものですね。
最近は、つくづくと、自分に技術力がないのだ
ということ…痛感しています。
光の捉え方、絞りの選択、シャッターチャンス、
画像構成、色彩表現など…
この道は、本当に奥が深いのですね。