喜びは、競争の中にある。
比較し合い、勝敗をつけあう中に、
優越という喜びが生じる。
優越の喜びは、
口では黙っていても、
心臓が踊り出す。
体の隅々まで、脈打つほどの熱さだ。
これは、
自分だけが感じる、個人の喜びだ。
だが、もし、真の喜びというものが、分かち合うことにあったなら、
それは何という名なのだろう。
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今、
喜びを、喜びと思えず、
寄り合うことで、
心が離れてしまっている。
人は、本来、
寄り合うことで知恵を出し合い、
慰めあい、
一人では成し得ないことを成す。
そして、何かを成した時、
優越ではなく、
分かち合いの喜びを経験するのだろう。
本当は、
大切な何かのため、
夢のため、
生きるため、
寄り合ったはずなのに、
いつの間にか、
競争や勝ち負けや、
優劣の気配にのまれ、
何のために始めたのかさえ分からなくなっている。
真の喜びを知っていながら、
人は迷う。
分かち合えることを信じられなくて、
迷ってしまう。
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