示ニ云ク、学道の人、衣粮を煩ハす事なかれ。ただ仏制を守ツて、心ヲ世事に出す事なかれ。仏言く、「衣服に糞掃衣あり、食に常乞食あり。」ト。何れの世にかこノ二事尽クる事有ラん。無常迅速なるを忘れて徒らに世事に煩フ事なかれ。露命の暫く存ぜる間、ただ仏道を思ウて余事を事とする事なかれ。
『正法眼蔵随聞記』巻2-13
道元禅師は、修行者というのは、衣服や食べ物に余計な思いをめぐらせてはならないとしています。それは、本来的に衣服はその辺から拾ってきた布を縫い合わせただけのもの、そして食事はあちこちからもらってきたものだけで過ごすべきだからです。
無常迅速で、露命がしばらくある間にしか仏道修行は出来ません。よって、お金を稼ごうとする間があれば、まず修行をすべきであるという教えです。この教えはとても大切なことで、目的と方法とを勘違いしてはならないという教えです。
修行をするのに、色々な物が必要だと、それが揃うのを待っていては意味のないところです。よって、まずは修行をするわけです。これを説いているというべきで、別に貧乏になれ、といっているのではないのです。
『正法眼蔵随聞記』巻2-13
道元禅師は、修行者というのは、衣服や食べ物に余計な思いをめぐらせてはならないとしています。それは、本来的に衣服はその辺から拾ってきた布を縫い合わせただけのもの、そして食事はあちこちからもらってきたものだけで過ごすべきだからです。
無常迅速で、露命がしばらくある間にしか仏道修行は出来ません。よって、お金を稼ごうとする間があれば、まず修行をすべきであるという教えです。この教えはとても大切なことで、目的と方法とを勘違いしてはならないという教えです。
修行をするのに、色々な物が必要だと、それが揃うのを待っていては意味のないところです。よって、まずは修行をするわけです。これを説いているというべきで、別に貧乏になれ、といっているのではないのです。